勉強会をしよう③
「ん?なにかあった?」
「分かってるだろ。片付けろ」
「えーー、ヤダ」
勉強開始から三十分、隣に座っている人は虹色に輝くカラーペンを置き、ノートではなくスケッチブックを広げ、爪のデザインを試行錯誤している。
隣の人がルンルンでお絵かきをしているだけでも、それが気になって勉強への関心が逸れてしまう。
「教科書とノートを開けて、シャーペンを持て。せめて、学ぶ姿勢をとれ」
「いーやーだー。勉強しーなーいー」
畳に両手を開いて寝転がり駄々をこね始めた。
その姿はまさにおもちゃ売り場で泣いている子ども。
子どもに対してなら優しく接するが、相手は同級生。
情けをかけようとは思わない。
「なんのために来たんだよ」
「そりゃあ……」
言葉の続きを待っていたが、何も喋ることなく上体を起こし、ペンやスケッチブックを片付け始める。
「分からないのあるから教えて」
「俺が?」
「そう」
俺ではなく神崎さんに頼めばいいのでは?と思ったのだが、頼られたからには応えるべきだろう。
さて、一体どんな問題なのか。
基本的なことだとは思うが、そっちのほうが教えがいがあるというものだ。
『玲花と新島くっつけよ』
まあ、そんなことだよな〜。
期待した俺が馬鹿だったのだろうか。
教室で一緒に勉強した時も智也と蒼井さんに茶々を入れよう、と俺に教えを請うフリをして相談してきた。
ナギちゃんに協力することは構わないのだが、テスト勉強の方が心配だ。
『テスト勉強は?』
『大丈夫!!』
『本当に?』
『マジで大丈夫。信じて』
この力任せに俺を説得しようとしている感じから察するに、ナギちゃんはこの勉強会で赤点回避の努力をする予定は無さそうだ。
ナギちゃんが赤点を回避できるとは思えないが、悪い話ではない。協力するとしよう。
下世話かもしれないが、智也に関してはこれくらいでいい気がする。
『何すればいい?』
『合図を送るから、適当に合わせて』
合図が何か教えてくれないまま戻されてしまった。
多分、ナギちゃん自身も策が思いついていないのだろう。
現在、和室の長机に九人でコの字を描くように並んで勉強している。
俺から見て、左に健、右にナギちゃん、その隣に神崎さんがいて、俺とナギちゃんの前に智也と蒼井さんがいる。
おそらく樋口さん以外は二人が両片想いであることは知らなくても、片想いをしていることは感じ取っているだろう。
この下世話な企みがバレたとしても協力してくれるはずだ。
しばらくテスト範囲の教科書の内容をおさらいして待っていると、ナギちゃんに肩を叩かれる。
これが合図なのかと振り向くと、ナギちゃんがハンドサインで何か伝えようとしている。
必死に伝えようとしているのは分かるのだが、内容が全く理解できない。
指の動きから必死に連想しようとしても同じ動きが全くない。
教えに行くフリをして、筆談するしかないな。
そう思ったのだが、視界の端で同じく手を動かす者がいた。
まさか、分かったというのか!?
ほぼ初対面だというのに!?
圧倒的なコミュニケーション能力(?)を発揮して暗号を解き、さらには自分のメッセージをハンドサインで伝えようとしている男がいた。
そ名前は小林柊斗。
小林ということはコミュニケーション能力というより、厨二脳が功を奏したのだろう。
だが、俺には二人のハンドサインが何を示しているか分からない。
二人の会話についていけない。
なんとか理解しなくては俺のせいでナギちゃんの計画が頓挫する。
せめてナギちゃんの思考だけでも……っ!?
思わず吹き出しそうになったのを必死に堪える。
ナギちゃんは小林の暗号を理解できていなかったのだ。
その証拠にナギちゃんの顔には「は?」と大々的に書かれている。
必死に机に向き合っている六人の前での奇行。
ナギちゃんが暗号を受信できないのか、それとも智也が暗号を送信できないのか。
一方通行のメッセージのやり取りを見ることしか俺にはできない。
五分間も観察していると小林が本当に理解しているのかすら怪しくなってきた。
「何をやってるんですか?」
「うぐっ」
バレたことに驚いたのか、気持ち悪い声が小林から漏れる。
俺はすぐに参考書に目を戻す。
「ナギちゃん!」
「気のせいじゃない?」
「してました!一緒に遊んでました!」
「俺は何もしてないけど?」
自然体を装うナギちゃんからは慣れを感じる。
それは踏んできた場数を表し、数々の危機をこの毅然とした態度で乗り切ってきたことが窺える。
だが、ナギちゃんの頑張りを小林は全て台無しにしま。
樋口さんが誰と一緒とは言っていのに、「俺」と言ってしまった。
「二人とも真面目に勉強してください!」
「あーしはしてた!」
「えぇ!?裏切んのかよ!」
「お前、黙ってろ!」
ナギちゃんと小林が言い争いをすることで、段々と部屋中が活気づいていく。
勉強開始から一時間が経過し、集中力が途切れてきたのだろう。
「なあ、悠誠。ここの問題なんだけどさ――」
「お、おう」
みんなが騒ぎ始める中、健は質問してきた。
いつもの健ならば、盛り上がるタイミングを逃さず一緒に騒ぎ始める。
すぐに飽きてスマホを触る癖がある健は勉強開始からいままで必死に勉強していた。
女子が多いのが原因で大人しいのか?
自ら進んで参加すると答えたのでそれはないだろう。
それなら、どうして今日の健はこんなに真面目なんだ?
分からない。
本当に分からないぞ。
「腹減ったな~」
「話し逸らすの下手すぎだろ」
「うっせー、ぽっちゃりの純粋な感想だわ」
この感じだと、智也達に働きかけるのは仕切り直しだろう。
今は健への質問対応を優先したい。
変わろうとしている幼馴染みを応援しないわけにはいかないからな。
「お腹が減ったんですか!」
「へ、減りましたけど……」
「ちょっと待っててください!!」
樋口さんは待っていたとばかりに急に立ち上がり、部屋を飛び出し、ドタドタと音を立てながら走っていってしまった。
それから一瞬だけ音が静まったかと思うと、またドタドタと走りながら戻ってきた。
「みんなでタコパがしたいです!!」
部屋に戻ってきた樋口さんが抱えていたのは家庭用たこ焼き器だった。
「それ買ったの?」
「いえ、婆ちゃんがなんかの景品で取ってきたやつです」
たこ焼き器に汚れや傷は無く、新品のようだ。
樋口さんが言うには使う機会が無かったので、この機会に使ってみたいと思っていたらしい。
「じゃあ、食材だけ買ってくるか」
「もう準備してます!婆ちゃんの奢りです!」
最初からやる気満々だったようだ。
事前に昼食はどうするか?と話題になった時、「何も持ってこないで」と強く念押しされたのはこういうことだったのだろう。
「みんなでやるなら、具に面白いの入れたいよな〜」
「買い出し行く?」
「そうするか!」
何を買うかで盛り上がり始める一同。
タコパか……
「お前は何も選ぶなよ」
「いや、あれは母さんのセンスだから」
斎藤家でタコパをやることはあるのだが、買い出し担当が明希なので、毎回見たことのない世界中の食材、缶詰、お菓子などが並び、蛸がいないこともある。
その中から一つずつ入れて三人で食べるのだが、美味いというものは極稀でほとんどが具本来の強烈な味だけしかしない。
健と由依を呼んだこともあったが、二度と誘うなと遠回しに言われた。
「九人で行く必要はないでしょ」
「でも、みんなで行ったほうが面白いって」
「迷惑になりますよ」
買い出しに行こうと騒ぐ中、由依の一言で場のテンションが段々と収まっていく。
根がいい人ばかりなので、他人の迷惑になることは避けようと思うのだろう。
「皆の要望を聞いて、二人くらいで買い出しに行ったほうが残りの七人は勉強ができますし」
「うっ」
由依の室長らしい真面目な回答を聞いて、誰かは分からないが小さな悲鳴が聞こえた。
このメンバーの中では赤点になりそうな人が最低四人はいるので、そうした方が良さそうだ。
「んじゃ、斎藤と天音が買い物行ってきてー」
「えっ?」
ナギちゃんに名指しされた俺はさっきの小林くらいに間抜けな声が漏れる。
「なんで俺と神崎さん?」
普段なら、この抜け出せるチャンスをものにしようとするナギちゃんが他人を指名することは信じられなかった。
「だって、アンタ達が一番勉強できるんだから当然じゃない?」
残っている人は勉強するのだから、代表して勉強ができる人間が行くのは理に適っている。
だが、ナギちゃんからはそれ以外の思惑があるように感じられた。
変に気を遣われたということか……
「一人は教えられる人が残ったほうがよくない?」
「別に大丈夫でしょ」
神崎さんの提案もナギちゃんに跳ね除けられてしまう。
俺としても神崎さんとの二人きりというのは避けたい。
なんとかして残らなくては、と思っていたのだが……
「さっさと行ってこーい!!」
頑固なナギちゃんに何を言っても聞く耳を持ってもらえず、半ば追い出される形で俺は神崎さんと近くのスーパーまで買い出しに行くことになった。
【あとがき】
遅くなってすみませんでした!!
今週分はちゃんと間に合うように努力します!
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