これでいい

「……」

「……」


 お互いに無言のまま近くの大型スーパーへと歩いていく。


 横並びにはならず、地図を持っている俺が前を歩き、その斜め後ろを神崎さんが歩いている。


 隣に来ることはなく、話しかけてもこない。


 無言の沈黙の中、車が通り過ぎる音だけがやけに大きく聞こえた。


 とても気まずいが、俺としては好都合だった。


 話し掛けられた場合、どう反応すればいいか分からなかった。


 はっきり拒絶するべきか、いままで通りの距離感を装うべきか、どっちつかずの対応をするべきか。


 樋口さんに地図を描いてもらったおかげで、どこで曲がればいいかは分かる。


 おかげで止まることなく進めている。


 公園を右に、真っ直ぐ進んで大通りにある信号を左に、そのまま歩いていくと左手に目的のスーパーがあった。


 スーパーの中はそこそこ混んでいた。


 スマホを取り出すと通知が来ており、みんなからの注文が書いてあった。


「《ライム》に書いてあるものを買っていけばいいんだよね?」


 俺が声をかけると、神崎さんは頷く。


「うん、それでいいと思う」


 いつになくよそよそしい神崎さんを連れて食品売り場へと向かった。


 そこからは神崎さんに言われたものを一緒に探しに行くだけだった。


 神崎さんが《ライム》の内容を売り場の並び通りの順番に変えてから言ってくれたので、無駄なくすんなりと買い物は進んでいく。


「チーズで最後かな」

「おっけー」


 目的の物の売り場に行って、商品を見ながら話して選ぶ。


「何種類か買ってこっか」

「そうだね。何が合うか分からないし」

「これと、これと、これとかでいい?」

「うん、いいと思う」

 

 たったこれだけ。

 食品売り場内で話した内容はこのやり取りの繰り返しだった。


 神崎さんに何を買うか提案されて、それに了承するだけ。

 

 機械的な会話になっていた。


 レジ前ではどっちが払うかが話題に上がってきたが、カートを押していた俺が会計を済ませることになった。


 会計が終わると、神崎さんが商品をカゴの中から樋口さんに貸してもらったエコバッグに詰め終えていた。


 それをカートに乗せて、スーパーの入口まで歩いていく。


「男の方、釣り合ってなくね」

「おい、声デケェって!!」


 ふと、耳に入ってきた。


 声の発生源は中学生くらいのカップル。

 俺が視線を送ると顔を引き攣らせて頭を下げてきた。


 まあ、その通りだろうな。


 この中学生カップルほど明確ではないが、周りの視線から痛いくらいに分かった。


 絶世の美女と言えるであろう神崎さんと陰キャの俺。


 傍から見れば、釣り合ってないんだ。


 うん、それでいい。


 エコバッグを持ち、行き道を折り返して樋口家へと戻っていく。


 お互いに何を話すというわけでもなく、並び方も行き道と同じ。


 公園からキャハキャハという笑い声が聞こえてくる。


 幼稚園児くらいの子ども達が滑り台やブロンコで遊んでいるのが見える。


「ごめんね、一緒に買いに行くことになって」

「いや、全然大丈夫だけど……」


 子どもたちの姿を目で追っていると、神崎さんから声が掛かる。

 

 急に謝られたので、咄嗟に大丈夫と答えてしまったが、良かったのだろうか。


 そんなことを考えながら歩を緩めることなく進んでいく。


「二人でいるところとか見られたら変に噂になるじゃん?休日だし……好きな人とかいたら迷惑になるかなって思って」

「…………」


 ぎこちなく発声された言葉に胸が締めつけられる。


 こういう時、はっきり「そんなことない」と言うのが正解だろう。


 例えお世辞だったとしても、人間関係を維持したいなら、相手を思う気持ちがあるならそう答えるべきだ。


 でも、それを言ってしまったら……この中途半端な関係は続くのだろう。


 いい機会なのかもしれない。


 言えばいい。

 そうすれば、これで終わりにできる。 


「いるよ。別のクラスの人だけど……だから、これからはあんまり話しかけたりはしないでほしいかな」

「そっか……じゃあ、ごめんね」


 神崎さんの声から明るく振る舞おうとしているのが分かった。


 それがますます自分自身に対しての嫌悪感を募らせていく。


 ごめんねってなんだよ……


 足を止めることも、振り向くこともできないまま樋口家に着いた。


 その間のことも、それから先のこともあまり覚えていない。


 タコパをやったことも、勉強を教えたことも、家にどうやって帰ったのかも、はっきりしない。


 気がついた時には家にいたのだ。


 流れに身を任せながら過ごしていたんだと予想はつくが、これほどまでに呆然としていたのかと後になって実感した。


 風呂から上がって、ベットに寝転がりながら天井を見つめる。


 これで前世からの恋は終わったのかもしれない。


 思えば、前世に比べて話すことができたし、転生してから会えているだけでも奇跡だろう。


 あれだけ冷たかった凛と仲良くする機会が得られただけでも満足するべきだろう。


 あれだけ仲良くなれたのに、最後は俺が一方的に冷たく接してしまった。


 …………何をやってるんだろうな。


 自分が望んだ関係だったはずなのに。


 勉強どころかゲームをやる気力すら湧かず、電気を消して眠りにつこうとした。


 いつもより早い時間に寝ようとしたせいもあってか目が冴えて、なかなか寝られなかった。


【あとがき】

 さけるチーズを限界まで裂いてから食べるのが好きです。

 

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