また来てしまった
「食った!食った!」
制服の上からでも分かるくらいにぽっこりと出た腹を叩きながら、小林は満足そうに先頭を歩いている。
「食べる以外していないから当然だ」
「カロリーが俺を呼んでいるんだから仕方ねぇだろ!」
俺が合流してから今までの二時間、小林の空腹を満たすべく飲食店巡りをしていた。
焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、焼き鳥、パンケーキ、チョコバナナ、チュロスと食べ進め、現在は歩きながらベビーカステラを食べている。
一緒に回っていた智也と俺は食べたり食べなかったりだったが、それでもお腹が限界である。
「じゃあ、これからシフトだから教室戻るわ」
「おう、頑張ってこいよ」
「さんきゅー、ヒーロー」
「…………」
ヒーロー呼びに反応せずに手を振り続けると、悪かったって、と智也が謝ってきた。
「え、なにが?」
わざとらしくとぼけると、智也は手の平を合わせて必死に何度も謝ってきた。
そんな心優しき友人に、遅れたら迷惑かかるだろうから早く行けと急かし、俺はぼっちとなった。
他の知り合いのところに行ってもいいが、ヒーローイジりは避けられないだろう。
個人的には、これから体育館で行われるチアリーディング部の発表を見に行こうと思っていたが、何よりも休憩がしたい。
自販機に寄ってから休憩できるスペースでも探そうかな……
そう思いながら、ぶらぶらと缶コーヒーを片手に良さげな場所を探して歩き続けた結果、いつもの屋上への階段に着いてしまった。
前回はたまたま女子が樋口さんのことを悪く言っているタイミングと被ってしまい落ち着けなかったが、文化祭中にこのような廃材置き場には来ないだろう。
昨日は変な緊張であまり眠れなかったので、ここで昼寝をしようと踊り場に腰を下ろす。
スマホで時間を確認すると、文化祭一日目終了まで約一時間半。
明日はこの時間にシフトが入っており、両親が来ると言っていた。
ゆえに、チアリーディング部の発表を見るなら今日しかないのだが、睡眠欲には敵わない。
窓から入ってくる日差しは、ほんのちょっと前までのギラギラと照りつける太陽とは違い、ぽかぽかと心地よい。
天井に溜まった、もあっとした熱気に段々と瞼は重くなり、やがて……
「それで、話ってなに?」
突如として聞こえた女性の声に体が跳ね、俺はそのまま物陰に隠れる。
また来客かよ……ここって意外と人気スポットなのか……
それに今の声って……
「天音に言いたいことがあって」
「落ち着いて聞いてほしいんだけど……」
天音ってことは神崎さんだろ。
この二人の声も前回ここにいた時に聞いたことがある。
「エマちゃんが天音のこと『クソビッチ』って言ってたってマナミから聞いて……」
「そう!天音から
おいおい、無理があるだろ。
神崎さんとエマちゃんの仲を分かっていて言っているのか?
翔先輩ってサッカー部の主将だろ?
ナギちゃんでさえ動く屍状態だった神崎さんの原因がわからなかったことから、それが原因ではないと思うのだが……
「聞き間違いじゃない?エマはそういうこと言わないと思うんだけど」
「でも、マナミはそうやって言ってるところ聞いたって……マナミやあたし達のことも馬鹿にしてて」
「そう!自分が可愛いからってあたし達のことをブスって陰で言ってるみたいで」
陰で言ってるのはお前らだろ!
なんてツッコむわけにもいかず、耳を澄ませて盗み聞く。
昼寝を邪魔されたのだから盗み聞きくらいはさせてもらわないと……っていうのもおかしいか。
「だから?」
「エマちゃんに男子からの人気を奪われて天音も嫌なんじゃないかなって」
「日本語わからないって言っておきながら、あれだけべらべら喋って、男に愛想振りまいてるのムカつくでしょ」
「うん、それで?」
二人が共感を求めるように話しているのに比べて、神崎さんははっきりとした口調で二人の話を促すだけ。
二人との間に温度差を感じる。
「やり返そうってハナシ!徹底的に無視して孤立させてみない?」
「天音も嫌でしょ。クラスどころか学校の人気を半分以上持ってかれてるのは。それに、あれだけ日本語話せるのに外国人だからってテストの問題、簡単にしてもらえてるし」
「……何か勘違いしてるでしょ」
その一声で場が凍りついたように感じた。
あれだけお喋りだった二人も黙ってしまう程だった。
「あたしが先輩のこと好きって、いつ言った?」
一定のトーンを保って発せられる声。
その声質から静かな怒りが込められているのが分かる。
「男子からの人気が欲しいって、いつ言った?」
ここからでは三人の姿を見ることはできず、声しか聞こえない。
だが、その声を聞くと、体が強張る。
相対している二人は震え上がっていてもおかしくない。
「エマが受けてるテスト見たことあるの?」
問い詰められている二人の声、音がしない。
神崎さんの圧に微動だにできないのだろう。
「さっきまでの話を聞いている限りだとあたしやエマのこと、全然わかっていないみたいだけど?」
「あ、あたしは天音のことを思って――」
「だからって、人を傷つけていい理由にはならないよね?」
ようやく声にできた音もかき消され、神崎さんの言葉にまた沈黙してしまう。
「あたしを理由にしてエマを傷つけて、何か問題になったら、あたしのためにやったからって言って、あたしのせいにするんでしょ」
「ち、ちがっ――!」
「じゃあ、あたしを信用してよ。エマはそういう人じゃないってあたしが言ってるんだから、それを信じて何もしないでほしいんだけど」
これにはぐうの音も出ないようだ。
神崎さんなりに話の着地点を設定したのだろう。
反論すれば、また正論で抗議してくるのは明白。
頷くことしか許されていない。
「友達待たせてるから、もう行くね。心配してくれてありがとう」
二人に感謝を込めて気遣うように言うと、階段を下りていく音がする。
会話の流れから神崎さんのものだろう。
そして、しばらくの間、沈黙の時が訪れる。
それを破ったのはもちろん、二人の怒声だ。
「なんなのあいつ!!」
「モテるからって調子乗って!」
神崎さんが去った後に言っている時点で負け犬の遠吠えでしかない。
気が収まるまで愚痴を吐いた後、その二人もすぐに下りていった。
一人になった階段で壁にもたれるように座りなおす。
話を聞いていて、女子って怖いなぁということと、一つ思い出したことがある。
神崎さんは凛だ。
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