メイド喫茶

「おかえりなさいませ、ご主人様」


 文化祭開始時刻から一時間が経ったが、開始前から並んでいた長蛇の列は一向に減らない。

 理由としては、この時間帯はうちのクラスの二大美女メイドがいる。

 シフトをくじ引きで決めたのが仇となった。

 現在、ホール担当は男子三人、女子三人の計六人。

 最初はメイド目当ての男性客がほとんどだったが、徐々に女性客が増えてきた。

 もちろん、女性客の目当ては俺達男子ではない。

 

「玲花ちゃんかっこよすぎ……」

「私達のところに来てくんないかな…」


 そう、イケメン男装執事の蒼井さん目当てだ。

 目を輝かせながら、蒼井さんをずっと眺めている。

 それゆえに、俺や他の二人の男子が女性客のところに行くと露骨にため息を吐かれる。

 これは男性客のところに行っても同じで、俺達男子には需要がない。

 だが、それはくじを引いた直後から分かっていたこと。

 そんな必要とされていない俺達――斎藤、原西、間宮にも役割はある。

 

「四番卓マーク」


 原西からすれ違いざまに囁かれた。

 四番卓を見ると、大学生くらいの明らかにチャラそうな男二人がいる。

 マークするということは危険人物と判断したということ。

 試しに、通り過ぎてみると――


「あの金髪の子来たら俺ね」

「じゃあ、銀髪が来たら俺で」


 なるほど、ナンパ目的だな。

 彼らも誰かの親族のはずなだが、誰だよこんな面倒くさいのを呼んだ奴は……

 俺が通っている大星たいせい高校では、文化祭は親族のみ参加が許されており、事前に入校許可証の発行を申請する必要がある。

 生徒一人につき、大人は三人まで申請でき、小学生以下の年齢の子は申請無しで入れる。

 学校に入る際、盗撮を防ぐために首からかける銀色のスマホ入れが配られ、そこにスマホを入れることが厳守されている。

 チャラ男達はその規則を守ってはいるので大丈夫だとは思うが、それでも警戒しておくに越したことはない。

 

「すみませ〜ん」


 チャラ男の一人が声を上げる。 

 それとほぼ同時に、打ち合わせ通りに手が空いている間宮が裏方から出てくる。


「ご注文をお伺いしますね」

「え〜、そっちの女の子が良いんだけど」


 男達からがっかりした声が聞こえてくるが、間宮は淡々と『指名できない』と書いてあったことを伝えている。

 持ってくる時は女子がいいとチャラ男達は言ってきたが、嫌な顔せず淡々と断り、注文を聞いて裏に戻っていく。

 後を追って裏に行ってみると、案の定、間宮はブツブツと独り言を唱えている。

 耳を傾けると、チャラ男達への不満や憤りを込めた愚痴を呪いのように繰り返し唱えているのである。

 裏方の調理組も同情して、彼にクッキーを食べさせようとするが、彼の呪文は止まらない。

 まだ始まって一時間。

 俺達のシフトはもう一時間ある。

 だが、決して気を緩めるわけにはいかない。

 俺達には『女性陣を守り切る』という使命があるのだから。

 開店前の準備中、原西と間宮に呼ばれ、女性陣を変な男から守るという提案を受けた。

 

「残念だが、俺達目当ての客はいない。だからこそ、俺達がやらねばならない。わかってるだろ、ヒーロー」

「おう、その作戦乗ったよ。で、俺はどうすれば良いんだ?」

「……いや、そこはお前だろ」

「そうだぞ、学年三位の頭脳の出番だろ」

 

 二人の目に迷いはなく、真っ直ぐに俺を見ていた。

 本当に俺に任せるつもりだったのだろう。

 開店前という時間がない中で一生懸命に知恵を絞るが、確実な策が浮かばない。


「じゃあ、三人の内、絶対に一人はフリーの人を作って、ヤバい所の相手をする形でいこう。ヤバい所は卓の番号を共有して、何か言ってきても指名できないことを盾にして乗り切る。それでいいか?」

「二人と一人に別れるってことか?」

「そうだな。怪しまれないように一人側を交代しながらって感じかな」

「おっけー」

「やってやんよ」


 こうして俺達三人による陣形が組まれ、女性陣に害を及ぼすような客の対応をしている。

 今のところ、全ての障害を取り除けてはいるが、この状態が持つかはわからない。

 俺はヒーロー煽りをされることはあるものの、至って冷静に仕事はできているが、原西と間宮は精神的に疲弊している。

 自分が対応した客にがっかりされたり、ブーイングの的にされたりしているのが原因だろう。

 二人にもその覚悟ができていたとは思うのだが、生半可な高校生の覚悟では心が保たないのだろう。

 

「四番は俺が持っていくから」

「サンキュー、ヒーロー」


 ヒーロー呼びは嫌なんだけどな……とは声にしないで、チャラ男達のもとへ向かった。

 弱っている人にヒーローと呼ばれるのは悪くないなと思ってしまったのだ。

 我ながら単純である。

 裏から出ると、チャラ男達と目が合う。

 彼らは俺が手に持っているものが自分達の頼んだものだと気づくと、露骨にため息を吐く。

 彼の着ている白シャツにコーヒーをぶっかけてやりたいところだが、相手は客……ここは真摯に対応するのだ。


「失礼します。コーヒーとバウンドケーキになります。ごゆっくりどうぞ」

「……どうも」 


 彼らは不満げに軽く会釈をしてコーヒーをもらうと、他愛のない会話を再開する。


「すみません」


 声がした隣の席を見ると、そこには女性客二人がこちらに手を挙げている。

 二人とも髪を巻いており、『ゆるめのホイップ』と書かれた桃色のクラスTシャツを着ている。

 クラスTシャツには『3B』と書かれていることから、おそらく三年生だろう。


「ご注文はお決まりでしょうか」

「コーヒーと紅茶、どっちもクッキーで」

「かしこまりました。それでは――」

「中村君っていつシフトなの?」


 注文を聞き終えて裏方に戻ろうとする直前、女性の一人に質問される。

 またかよ……どれだけ健は人気なんだ……

 これで健のことを聞かれるのは四回目である。

 俺が四回聞かれているということは単純計算で、ここには六人いるから二十四組みの人が健目当てで来たということだ。

 流石はバスケ部期待のイケメンエース、といったところだろう。

 健が女性にトラウマがあることを知っていても、やはり羨ましいとは思ってしまう。


「すみません、そういう質問に関してはお答えしかねます」

「そっかぁ、ドンマイ」

「うん……でも、何回か来ればいいだけだし」


 俺に質問した子はもう一人の子の肩を叩く。

 どうやら健目当ての子は一人で、もう一人の子は付き添いのようだ。 

 健目当てに来た子はとても大人しそうではあるが、面と向かって座っているもう一人の子はどこか大人な感じがある。


「それはそうだけどさ……あれ?もしかして、ヒーロー君?」


 俺の顔を見て確かめるように尋ねてくる。

 この人も知ってるのかよ……

 『童貞の叫び』事件を女性からイジられるのは初めてだぞ。


「そうやって呼ばれるのは尺ですが……」

「へぇ~……だったらさぁ、放課後会ってあげるからこの子に教えてあげてほしいんだけど……」


 『会ってあげる』というのは……この流れからすると、そういうことなのか?

 だとしても、唐突すぎる。

 それに、こういう会話は人前でしたくない。

 提案してきた先輩の顔は俺に目を合わせるよう誘惑してくるように見つめてくる。


「あたし、そこそこ可愛いし、ヒーロー君としても嬉しいんじゃないかな。そこそこやってるし」

「すみません、どういう条件でも無理です」

「えっ、女子が誘ってるのに断るの?」


 そういう話はやめてくれという意思を込めて言ったのだが、相手には伝わっていないようだ。

 友達は売らないと言っていた部分も動画として拡散されていれば、このようなことを言ってくる人もいなかっただろうに。


「私が言っている意味分かって――」

「メイドや執事に対しての必要以上の会話は禁止されています」


 冷えきった声にビクッとし、隣を見るとそこには神崎さんがいた。

 いつもの明るい雰囲気で感情表現が豊かな彼女とは違い、一切の感情を排したような表情からは何も読み取れない。

 

「なに?割り込んできて……キレてるの?ヒーロー君のこと好きなの?」

「だったら、なんですか?」

「え……」


 挑発としか捉えられない質問を神崎さんはなんの躊躇いもなく即答する。

 その姿に呆気にとられたが、それは三年の先輩たちも同じようだ。

 神崎さんに何か言い返そうとしていたが、大人しめの先輩が止めてくれたおかげで、誘ってきた先輩は黙り、俺達は裏方に戻ることができた。


「本当に助かった。ありがとう。でも、大丈夫なの?」

「……何が?」


 本当に何かわかっていないようで振り返りながら、首を傾げてきた。


「いや、嘘でも俺の事好きって言って…」

「あ~〜〜……」


 思い出したように声を出すと、黙ってしまった。

 どうやら彼女にとってはどうでもいいことだったようだ。

 俺だけ変に意識していてキモいな。

 神崎さんにもそう思われてるのかなと様子を窺うと、神崎さんは俺の左肩に両手を置き、ぐっと顔を近づける。


「斎藤君とならいいよ」


 俺の耳にそう呟く彼女の表情はいつものからかっているような……いや、どこか含みのあるような笑顔だった。


「じゃあ、戻るね」

「ちょっ――」


 裏方から出ていく神崎さんを止めようとしたが、彼女は去っていってしまった。


 どういうことだ……俺となら付き合ってもいいってことなのか…………


 神崎さんから好印象を受けているのだと心の底から喜んでいると、隣から熱烈……いや、ドロっとした妬みと怒りの混じったようなまさに愛に飢えたゾンビのような目で訴えかけてくる者がいた。


「ヒーロー…俺達を置いていくのか…」


 原西の声にはこの場にいる男子全員の怒り、妬み、悲しみが籠もっていた。


「いや、今のはだって――」

「なんだよ!言ってみろ!」

 

 怒りのままに吠える原西の威勢に声がつまる。

 俺は突き刺さる男子からの目線から逃げるようにホールに戻るのだった。

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