変わり始めた日々
まだまだ夏の暑さは残っているが、たまに吹くやさしい風が寝不足の身には心地よい。
昨日の神崎さんとのデート後、なにをするにしてもずっと心ここにあらずだった。
親からはなぜか気を遣われ、次があるから大丈夫と慰められた。
一通りのことを済ませてベッドに入ったが、目は冴えたままで眠れない。
そんな中で思い出したのは神崎さんとのやり取りの数々。
そして、頭の中では考えないようにしようと思っていたのだが、ひっきりなしに湧いてくる自分の初心だった部分。
恥ずかしさでどんどん頭が覚醒し、余計にごちゃごちゃと思考を繰り返し、また恥ずかしくなり顔を覆い隠したくなる。
一旦、ゲームでもして心を落ち着かせようとしたのが最後、ランクが上がるまでやった結果、日は昇っていた。
先週の二徹に比べて体が元気なのが救いだ。
四限目寝るのは確定だな。
世界史あって助かったー。
「おはよう♪」
「ん、おは…よう……」
女子の声からどうせ由依だろうと思い、適当に返事しようとしたがそこにいたのは神崎さんだった。
ギンギンになった目が、さらに冴えていくのがわかる。
「昨日はありがとね」
「あぁー、うん」
昨日どうやって話してたっけ。
やっべぇ、頭回んねー。
突如として現れた神崎さんは隣に来ると俺の顔を見てくる。
「なんか付いてる?」
「ううん、付いてないよ」
髪の毛を触りながら、こちらを見てくる彼女はいつも通りの神崎さんに見えるが、雰囲気が違うような……
「ポニーテールにしたんだ」
「うん♪かわいいっしょ。斎藤君も好きって言ってたし、やって来たんだぁ。どう?似合う?」
からかっているのか?
指で髪先をいじりながら、俺に感想を求めてくる。
「似合ってると思うよ」
「そっか~、……かわいい?」
「か、かわいいと思う」
「そっかそっか♪じゃあ、先行くね♪」
満足そうに頷くと神崎さんは昨日と同じように軽く手を振って先に行く。
軽く手を振り返すと、彼女は逆光に負けないほど眩しい笑顔を見せて走っていった。
やっべー、マジで可愛い。
額に手を置き、最高の笑顔を脳に焼き付ける。
昨日の今日で挨拶しただけかもしれないが、話せたのは嬉しい。
だからこそ、自分が今のままでは彼女に振り向いてもらえないのが分かる。
そのためにもまずはこのひょろっとした体をなんとかしないと……
「斎藤悠誠君、ちょっといいかい?」
後ろから声がすると肩に手を置かれる。
振り返るとそこには七三分けのメガネ男が立っていた。
制服からして、同じ学校だろう。
「すみません、誰ですか?」
「この僕の名前を知らないとは、舐めやがって」
痛い痛い痛い痛い――こいつ、肩に力入れてきやがった。
最初から敵意マックスかよ……
「陰キャの分際で、神崎さんと仲良くしていいと思ってるのかい?」
嫉妬かよ。めんどくせぇー。
「それは彼女が決めることでは?」
「違う。君みたいな勉強しか取り柄のない陰キャ男とでは釣り合わないと言っているんだ。わからないのか、この低能が」
前世にもいたぞ、こういうやつ。
まあ、前世の場合は俺が神崎さんポジションだったが、こういうやつは本当に目障りだった。
いわゆるところの『自称一軍』だ。
俺の学校内政論からすると、こういうやつはスクールカーストというものを作り、いじめの発端を作るゴミ野郎だ。
正直、関わるだけ損だし、関わりたくない。
「わかりました。それじゃあ」
「待て。学年一位の僕を舐めてるだろ。陰キャの君の立場なんて簡単に奪うことはできるんだからな。それを肝に銘じて這いつくばってろゴミが」
「はい、以後気をつけまーす」
チッ、と耳元で舌打ちをすると彼は俺の前をスタスタと歩いていく。
最悪な野郎だ。
神崎さんの笑顔の余韻が台無しにしやがって。
あんな性悪が学年一位とか終わってんだろこの学校。
「斎藤悠誠君、ちょっといいかい?」
馴れ馴れしく肩を組んで、高校生とは思えない渋い声を出す男。
俺の知っている限りでは一人しかいない。
「小林見てたのか?」
「おう、途中からだけどな」
「その声の掛け方からして最初からだろ」
なっはっは!と役に入りきった大きな笑い声は徹夜明けには厳しいが、気分がスカッとする。
「ありがとな」
「また一人救ってしまったか…」
彼は自分の口元に手を置いてからすぐに放して、ふぅーっと斜め上に息を吐く。
さながら、タバコを吸っているかのように。
ダサいからやめてくれ、とは言えなかった。
教室に入ると中は賑わっていた。
なんだ?と思って騒ぎの中心を見るとそこには神崎さんがいる。
中には同じクラスでない人も多く、今も俺と小林がクラスに入るタイミングで新しく人が入ってきた。
自分の席に荷物を置くと、健が近づいてくる。
「髪型変えただけでこの騒ぎなんだぜ」
「へぇー、そりゃあすげぇな。お前もやってみろよ」
俺の冗談に絶対に嫌だとぶんぶん首を振る。
健がああいう風に囲まれるのが嫌なのは分かっている。
あの量の異性に囲まれたらこいつは多分死ぬ。
改めてこの状況を見ると、すごい人に惚れてしまったなと痛感してしまう。
「なんか聞こえてきた限り、褒められたのが嬉しくて変えてみたらしい」
「へぇー、え?」
「男じゃないかって男女問わず詰め寄っているのが今の現状。噂だと二年のサッカー部の主将が最有力候補らしい」
「……トイレ行ってくる」
それだけ言って俺は全力でトイレへと全力で走る。
トイレに入った瞬間、その勢いに驚き、トイレにいた全員が俺を見る。
その勢いのまま個室に入った俺をクスクス笑う声が聞こえる。
俺は便座に腰を下ろすことなく、その場で頭を抱える。
勘違いだって自分に言い聞かせるが、喜ばずにはいられなかった。
俺以外に褒めた人がいるのは分かってる。
でも、それでも……
我ながら単純だとは思うが、喜びを噛み締める。
一限目が始まるチャイムが鳴る。
気持ちの整理はできていないが、授業をサボるわけにもいかない。
俺は来た道を全力で折り返し、教室に入る。
トイレを口実にほんの少しの遅刻を免除してもらって席につく。
授業の用意を出そうとしてカバンを見ると中には見覚えのない紙切れが入っている。
字からして誰が書いたかすぐに分かる。
なにせ、書いてあったのは日本語ではなかったから。
『今日の昼ご飯、一緒に食べませんか?』
また三人でということだろうか。
先週、しっかりと丁寧に断ったが、それでも誘ってくれるということはありがたいことだ。
よほど、話したいことがあるのだろう。
俺は樋口さんの方を見ると、すぐに目が合う。
俺の反応を待っていたのだろう。
俺は他の人に怪しまれないように、特に先生に気づかれないようにすぐに前を向き、親指を立てて了承の意を伝える。
さてと、また神崎さんにやられないようにシミュレーションしないと……
そう思い、頭を働かせているとそのまま空想の世界へと意識は飛び、次に目を開けた時には先生が俺の前でとびっきりの笑顔で立っていた。
その後、職員室に呼ばれたことは言うまでもない。
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