別に、

「ネッサーが死ぬのわかりやす過ぎただろ!」

「分かるわー、あのシーンであの曲流れたら誰もが負けを悟るよな」

「でも、あれ無かったなら私の心が折れてたよ」

「あれのおかげで心の準備できたから必要な演出だったと思うけどなぁ〜。だって三作目の時もさ―――」


 なんだこの光景は……


 樋口さん一人に男四人が群がりながら昼食を取っている。


 健と樋口さんという美男美女のツーショットにモブ三人が混ざっているこの状況、周りの視線を集めているのは言うまでもない。


 ただ、視線を集めているのはこの絵面だけではない。


 白熱するオタクトークだ。


 健と樋口さんという二人の超人気者が深夜アニメについて本気で語っているのである。

 

「ミーシェル死んだ時は大分落ち込んだな~」

「マジであのアレンジ聴くとミーシェル思い出して泣きそうになっちゃう」

「それな!映画版で生き残った時は嬉しかったわ。死ぬと思って見てたから」


 《宅ロス》という作品は名前は聞いたことあるけど、シリーズ物だから見たことがないという人が多い。


 そのため、オタクでない高校生が話題についていけるわけもなく、またオタクでも今季だけしか見ていないというものには入りづらい状況を生み出している。


 ゆえに、周りは苦虫を噛み潰したように険しい顔をしながら嫉妬の念を隠しきれずにいる。


「イタリアでも《宅ロス》って放送してるの?」

「してないので、頑張って日本語で見ましたよ」

「そりゃ、すげぇわ」

「一期から全部見てるの?」

「はい。一応、映画も見ましたよ」


 大好きな《宅ロス》の話ができていることに喜んでいることもあるだろうが、智也と小林に関しては樋口さんと喋れていることに興奮している。


 それを気に食わなそうに見ている奴らがチラホラいるが、黙って視線を飛ばしてくるだけ。


 それだけで熱が入った四人を止めることはできるわけがなく、今もオタク談義は続いている。


 ちなみに俺は朝までゲームをしたので、今日の《宅ロス》は見ていないし、熱も冷めてきているので話に入ろうとせず傍観している。


 自分よりも緊張している人を見ると緊張しなくなる的な感覚で、自分より夢中な人がいるので落ち着いている状況だ。


 別に、疎外感とか感じてないし!

 孤独感とか全然ないから!マジで!


 最初は先週と同じ三人での食事だと思っていたのだが、お昼寝から目が覚めた時には四人が俺を待っており、そこで初めてこのメンバーで食事することを知った。


 彼らも何度も知らせようとしたらしいが、休み時間の度に俺が寝ていたせいで伝え損ねたと言っている。


 だが、それを伝えてきた男どもの顔を見ればすぐに嘘だと分かった。


 俺の反応を楽しんでいたのが、全面的に表情に出ていたからだ。


 樋口さんが俺たちを誘ったのは仲良さそうにアニメやゲームの話をしていたから。


 女子にもオタクはいると思うけど、少女漫画とかK-POP路線が多いだろう。


 そうなると、自分が推している《宅ロス》を知っているであろう人と話したいと思うのは当然だと思うし、通訳ができる俺がいるのも安心できるだろう。 


 まあ、今日一回もイタリア語話してないですけどね。


 いや、別にいいんですよ。それで。

 なんでここにいるんだろとか、全然思ってないから!!


「先生のところ行ってくるわ」

「ユウセイ、いままでありがとう」

「いい奴だったよな、あいつ……」

「もう会えないなんて……何かの冗談だよなぁ」

「ちくしょう、俺があの時……」

「先生にちょっと怒られてくるだけだで勝手に人を殺すなよ。まあ、帰ってきたらみんなで乾杯しよう」

「死んだわ、あいつ」


 そんなくだらないやり取りをして俺は食堂を去った。


 今から怒られに向かうのは生徒指導部所属の先生だ。


 失礼のないように注意しなければ、反省文コースになる可能性はあるが、あの人は真っ直ぐ怒ってくれる人らしいのでちょっと楽しみだ。


 さあて、怒られてくるとしますか!と、その前にか……


「おい、止まれ」


 後ろから声を掛けてきたのは今朝のメガネだ。

 二人の取り巻きを連れている。


「お前ら、調子乗ってんだろ」


 はぁ~、だるいだるいだるいだるい――――


『消えてもらおうかっ!』


 やばい、脳内でウルトを使ってしまった。


 この距離でスナイパーライフル出したところで意味ないって……


 これは徹夜ランクの弊害だぞ。


「陰キャが調子に乗ってエマちゃんと喋ってんじゃねぇよ。ちょっと来い!」

「分かった」

 

 踵を軸に半回転し、彼らに背を向けるとそのまま走りだす。

 

「おい、待て!」


 廊下で叫ぶなよ、うるさいなぁ……

 こちとら、徹夜明けなんじゃい!


 後ろから追いかけてくる男たちから一切振り向くことなく逃げ続けるといつの間にか奴らはいない。  


 体育後に走らせるなよと怒りが湧いてくる。


 無事に職員室までたどり着いたが、少々汗をかいてしまった。


 このままでは生徒指導部に入った瞬間、廊下で走ったことがバレてさらなる罰が追加されるのは明白だ。 


 ワイシャツの襟元をパタパタしながら乾くのを待ち、気持ちを落ち着かせる。


 職員室の中を見ると、見覚えのある二人が話をしている。


 由依のやつ、大変そうだなぁ。 


 担任と由依が真剣そうに話していた。


 いや、担任はいつも通り適当だな。


 何を話しているか気になっていると、ふと顔を上げた由依と目が合う。


 すぐに由依はこっち見んなよと目力で訴えてくる。


 そんなに怒らなくてもいいだろと思うのだが、彼女としても俺と関係があることを周りにバレたくないのだろう。


 俺は逃げるように生徒指導部へと入っていった。


 待っていた先生は普通だった。


 眉間を寄せて怒っているわけでもなく、過剰な笑顔でもなく、普通だ。


「あのな、斎藤はできるからいいかもしれないが、お前が寝ると周りの集中力が削がれるんだ。だから、せめて起きていてくれ。以上、戻ってよし」

「はい、すみませんでした」


 俺は謝罪の気持ちを込めて一礼して、あっさりと脱出することができた。


 先生に怒る気は一切なく、頼むから寝ないでくれという姿勢だった。


 まあ、二週連続だから怒られても仕方ないか…


 食堂に戻る時間はありそうだが、あの熱量についていける身ではない。


 大人しく教室に戻って自席に座ると、ポケットからスマホを取り出しソシャゲを開く。


 暇だし、日課でも進めようかと思ったその時、《ライム》の通知が入る。


 アイコンには可愛らしいピンクの熊の絵が使われている。


 一目で女の子だって分かるそのアイコンだが、俺としては違和感しかない。


 着飾ってんなこいつ。

 

『九時集合、通話来ないと写真ばら撒く』


 今日は早く寝ようと思っていたが、呼ばれたからには行かねばならない。


 俺が拓けてしまったモンスターの元に。

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