幸せを望む
「なあ、お前の姉ちゃんって彼氏いるの?」
俺の肩を叩き、興味津々な様子で原西が尋ねてきた。
おそらく、姉ちゃんとは明希のことだろう。
「いや、母親だけど」
「母親って若すぎだろ……再婚してんのか?」
慎重に俺の顔色を窺いながら聞いてくる。
家庭の事情はそれぞれで、深刻な問題を抱えている可能性があると分かっていながら聞いてしまったという後悔が原西の表情から読み取れる。
「あの人から生まれてる」
「ガチか……」
信じられなさそうに呟くと、原西はもう一度母の容姿を確認しに裏方から出ていく。
惚れてしまったのだろうか。
確かに、あの歳であの美貌を持ち、旦那とイチャイチャし続けているのを見ている身からすると、いいオンナではあると思う。
が、圭佑だから制御しきれている部分もあるため、原西には荷が重いとは思う。
若く見られていたことは後で伝えよう。
「二番卓できたよー」
どうやら母さん達の注文した品ができたらしい。
ここは原西に行かせてみるかと原西を呼ぼうとした時、足早に俺の前を通り過ぎていく人がいた。
「はーい、持ってくねー♪」
軽快にトレイを受け取り、スタスタと神崎さんは俺の両親の元へ向かう。
俺の両親に一礼すると、神崎さんは何かを話している。
神崎さんが率先して給仕に行った理由はなんとなく分かる。
先程のお礼と親睦を深めにという二つだろう。
そうだとしたら、本当に申し訳なく思う。
俺は君の気持ちに応える資格が無いのだから。
その後、健や樋口さん達が合流してくれたおかげで無事に終了時刻の三時を迎えることができた。
ここから、片付けと後夜祭がある。
後夜祭では、有志による楽器演奏や漫才などの発表が行われる。
中でも昔にテレビでやっていた『青少年の雄叫び』になぞられた企画が毎年人気のようで、告白合戦が繰り広げられるらしい。
片付けを無視してグラウンドへ向かう者と教室にはいるが、喋ってばかりで片付けない者がほとんどで、片付けは進まない。
そこがなかなかに高校生らしいと思ってしまう。
結局、片付けは後夜祭が終わってからとなり、グラウンドに向かう者と帰る者に別れる。
「帰るわ」
「え、残らねぇの?」
小林と智也は後夜祭に残るようだ。
確かに面白そうではあるが、参加する気力はない。
俺には見たくない光景がある。
その光景は後夜祭で絶対に起きるが、俺はそれを傍観しないといけない。
それを見届けるのも一つの覚悟ではあると思うが、自ら進んでその場にいようとは思わなかった。
「絶対面白いって」
「うん、そうかもな。でも、やりたいことあるから帰るよ」
「そっか……じゃあ、おつかれ~」
俺は二人の誘いを断り、荷物をまとめて帰路についた。
すれ違う生徒たちからは文化祭特有の浮かれた空気を身に纏う者がほとんどで、俺みたいにすぐに帰ろうとする者は僅かだった。
一人で帰り道を歩いていると学校の方から楽しそうな声が響いてくる。
中学生の時とは違う、高校生のクオリティの発表が見られただろう。
プロには到底及ばないが、一度きりの青春を輝かせるには十分な努力と魅力があったはずだ。
だが、それだけでは行く気にはなれなかった。
母さんの話を聞いていて、はっきりしたことがある。
それは、神崎さんが凛だと知った時、嬉しさよりも感じたモヤッとした感情の正体が彼女を騙していることに対しての罪悪感であるということだ。
彼女にとって俺は嫌いな人間で、今は坂本優太だとバレていないから好かれているだけ。
このまま仲を深めて一緒にいる機会が増えた場合、『神崎さんは凛』だと知っているからこそ生まれるボロが必ず出てくる。
他人のフリして近づいて気づかれた時、彼女は必ず、前世で嫌っていた俺のことを拒絶するだろう。
騙して近づいてきたのだから当然だろう。
俺があの迷惑女を嫌うのと一緒のことだ。
俺も知らなかったと言えば済む話なのかもしれない。
でも、そうしたくない。
神崎さんのことが好きだからこそ、そう思ってしまう。
俺と政略結婚した前世とは真反対の幸せを願ってしまうんだ。
そして、神崎さんを幸せにする役目は俺には務まらない。
だって、俺は前世で一度も凛を喜ばせたことが無いのだから。
「はははっ」
乾いた笑いが夕暮れに溶け込み、辺りではカラスの鳴き声が忙しなく聞こえてくる。
後夜祭に参加しなかった理由も神崎さんが告白されている姿を見たくなかったから。
けじめをつけるという意味ではその場に居た方が良かったかもしれない。
俺以外が神崎さんと交際する方が良いと分かっていても、彼女が告白されている瞬間を黙視することはできなかった。
情けない現実逃避で、どうしようもないエゴだ。
一緒にいて嬉しかったり、楽しかったりする分、他人じゃなくて俺が!と思う気持ちもある。
でも、それでも……俺は…………
あんなふうに笑っている姿を前世で見たことがない。
例え、全てが俺の思い込みだとしても、俺が身を引く理由はそれで十分に思えた。
「俺じゃなくていい」
言い聞かせるように呟いた。
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