第1章 第9話
昨日と同じ場所に、彼女はいた。やはり泉の上に立って、呪詛のような言葉をつぶやいている。背中を向けているため、こちらには気づいていなさそうだ。今のうちに、昨日落とした鉄の剣を回収したいところだ。
アッサムは忍び足で、キョロキョロと目的の品を探す。枯れ葉がなくてよかった。これなら、足音で気づかれるおそれはない。そう思っていたのだが。
「ずいぶん早起きなのね」
明らかに自分に向けて、声をかけられた。びくり、と身を震わせて、建付けの悪い扉のようにがくがくと顔を泉に向けると、見事に目が合った。
「寝込みを襲うつもりで来たなら、お生憎様ね。アタシは、人間みたいに一日の三分の一を無駄にするような睡眠は取らないのよ」
驚きで動けないアッサムに対して、魔王がつかつかと歩み寄ってくる。水の上を、そして、土の上を。
ボール遊びをするには近すぎ、ままごとをするには遠すぎる距離で、彼女は立ち止まった。強い眼力に晒され、蛇に睨まれた蛙にも等しい状況で、アッサムのなけなしの勇気がすり減る。
落ち着け、落ち着け。僕は何のためにここに来たんだ。隙を突けば、いくら魔王だって――。アッサムの思考は、魔王の行動によって中断された。
「これ、アンタのよね?」
魔王の手にあるのは、アッサムが落とした鉄の剣。先回りして回収されていた。
「か、返せ!」
精一杯、声を絞り出した。魔王ともあろうものが、武器を奪って戦う術を奪うなど、卑怯だ。
「アンタのかって訊いてんだけど」
強まる圧に、下半身の力が抜けそうになる。それでも、昨日の二の舞にならないように、そして、父が使っていた剣を取り戻すために、ぐっと拳を握った。
「それは僕のだ! 返せよ!」
「そう。なら、いいわ」
なんと、魔王は剣をアッサムに放り投げた。綺麗な放物線を描いたそれは、真っすぐアッサムの両腕の位置に到着した。慌てて剣を両手でキャッチしたが、今の出来事が理解できなかった。
「アンタの物なら、アンタがちゃんと管理しなさい」
声の距離感が変化した。充分にあったはずの間合いが一瞬のうちになくなり、瞬間移動したかのようにすら見えた。そして、言い終わると同時に、アッサムにデコピンした。
「いづっ……」
それ以上は声にならなかった。脳震盪の一歩手前に陥る衝撃が額の奥まで響き、うずくまる以外できなかった。
「はい、アタシの勝ちね。試練失敗、お疲れ様」
魔王は去っていったが、それどころではなかった。頭に穴が空いたのではないかというくらいの
少し経つと、我慢できる程度の鈍い痛みになった。反比例して心の傷は広がるが、折れないように、誰もいなくなった泉に向かって叫んだ。
「初めてが魔王だなんて、ふざけんなああああ!」
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