第1章 第7話

 オババの一発で正気になったアッサムは、ようやくカーネルとまともな会話ができるようになり、丸太に腰かけて事の顛末を伝えた。話が進むにつれ、カーネルの表情が深刻そうなものになっていった。


「その少女は、自分は魔王だと言ったのか……?」


「はい。間違いなく言いました」


「そうか……」


 十二年の時間を同じ村で過ごしてきて、このような重々しい空気に置かれるのは初めてだった。その空気が、どんな困難にも決して物怖じしない村長からもたらされていることが、余計に不安を煽った。


 そこへ、よく見知った顔がふたつやってきた。


「アッサム!」


「怪我したの、だいじょうぶ?」


 ウバーとダジリンが傍に立って、幼馴染の腕や頭を触って怪我がないか確かめてくる。


「なんともないよ。ふたりは、無事に終わったの?」


 主語はあえて言わなかった。同齢の二人は、気まずそうにしながら、首を縦に振った。試練に失敗したのは、アッサムだけだった。


「おめでとう」


 ぎこちないアッサムの祝福に、ウバー達はやはりぎこちない礼を返す。それきり、沈黙してしまった。無音の空気を破ったのは、カーネルだった。


「アッサム。お前には、剣士になるのを諦めてもらうしかない」


 村長が、アッサムに非情な選択を突き付けた。項垂れてつむじを見せる彼の顔は見えない。声色から想像する表情は、決して喜や楽の類ではないだろう。


「魔王が相手では、どうやっても勝機はない」


「ま、魔王? どういうことだよ、アッサム!」


 経緯を知らないウバーが、丸太の上の幼馴染の肩を揺らす。肩に引っかかっていた刺繍入りのタオルが、地面に落ちていった。


「こいつは魔王に出会っちまったんだ。一番最初の魔物として」


 その一言で、幼馴染たちは状況を把握した。アッサムの肩に置いていた手を、離した。心配も同情も、事態を解決してはくれないと、二人にも理解できたのだ。


「すまない……」


 何の責任もない村長が、後頭部どころか背中まで見えるくらいに、こうべを垂れた。


「僕は、あきらめない」


 立ち上がって、自分より低くなってしまった村長に向かって言った。それを聞いたカーネルは、こちらも立ち上がって、驚愕の色を浮かべた。アッサムは、大人の眼力にも負けないように、瞬きすらせずに視線をぶつけた。


「僕は、剣士になるんだ。だから、諦めない。魔王も、また来いって言った」


「アッサム……」


「明日も、あさっても、何カ月でも、何年でも。剣士になれるまで、やります」


 唖然とする三人を置いて、自宅へと走り出した。誰もいない自宅へ。

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