第1章 第8話

 自宅のドアを閉め、外の景色をシャットアウトする。閉じた空間に籠ると、悔しさと情けなさに襲われた。化粧台の引き出しから、ペンダントを取り出す。


 怖いか怖くないかで言えば、怖い。それでも諦めたくないのは、手の中のペンダントが理由だ。このペンダントをくれた父は、アッサムが九歳の時に魔物に大けがを負わされ、それが原因で亡くなってしまった。


 父が亡くなる間際、彼の持ち物だったペンダントをアッサムに手渡した。そして、強く生きろ、とった。きっと、自分の命が間もなく尽きることを悟っていたのだろう。数日後に、幼いアッサムを残して逝ってしまった。


 生まれた時から母はおらず、父が男手一つでアッサムを育ててくれた。その父がいなくなり、九歳で天涯孤独になってしまったのだ。


 もともと好戦的でないアッサムが、父が鍛錬のために振っていた鉄の剣を握ったのは、それから三ヵ月ほど経過した後だった。父の墓を前に涙し、誰の慰めも耳に入って来ない無色の日々を過ごしていたある日、父が夢枕に立った。


――強く生きろ、アッサム。


 遺言にも等しい最後の言葉を、また掛けられた。ベッドから起き上がったアッサムは、涙の跡を拭い、決意した。父がくれた言葉の通りに生きよう、と。


 それからは、小柄な体格であることを言い訳にせず、身体と心を鍛えた。父の無二の親友で、この村の村長であるカーネルを目標にした。その背中を追っていれば、父に届く気がした。


 それなのに――。


 小便を漏らして逃げ出し、放心し、大人に助けてもらうという醜態を晒してしまった。強く生きると誓ったのに。父なら、相手が強敵だったら、諦めただろうか。魔王だったら、逃げただろうか。


「ごめん、父さん。でも、僕あきらめないから」


 そう言って、ペンダントをもとの場所に仕舞った。夢枕に立たず、ゆっくり眠れるように、次こそ吉報を伝えられるように。


 その日は一睡もできなかったが、無理やり瞼を閉じ、身体を休めた。翌朝、太陽が顔を出す前に、アッサムは起きた。昨日と同じく冷たい水で顔を洗い、置いてきてしまった鉄の剣の代わりにサバイバルナイフを装備し、誰もいない村をひっそりと出て行った。


 濃い藍色に覆われた世界のなか、口を結んで歩みを進めた。

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