第4章 魔王も昔は若かった
第4章 第1話
数時間前にアッサムが寝ていたソファーに、今は、人間の最大の敵である魔王が寝かされている。虫の息で、放っておけば彼女の命は儚く燃え尽きるだろう。その彼女の傍で、アッサムは人生で初めての土下座をしていた。
その場に同席している幼馴染二人とカーネルは、困惑を隠しきれない。三年もの間、その首を追いかけた相手なのに、その相手を助けるために頭を下げているのだ。
「アッサム、分かってるのか? そいつは魔王、人間の敵だ。回復させた後に、この村で暴れない保証なんてない。大人しく森に帰ったとしても、そんな奴を助けたとなれば、この世界の人類全てを敵に回すかもしれない」
「分かってる」
「村ぐるみで助けたんじゃないかと疑われて、最悪、村を滅ぼされる可能性だってあるんだ。お前は、この村の人たちが理不尽に殺されてもいいっていうのか?」
「……」
「アッサム一人のわがままで、みんなの人生がぶち壊されても、いいのか!」
村長が、徐々に怒気を含んでいくウバーの肩に手を置いて、落ち着くように目で合図をした。
「アッサム。お前は、どうして魔王を助けたいんだ?」
カーネルの声に、非難も嘲笑も含まれていなかった。純粋に理由を知りたがっている問いかけだった。
「分からない……。分からないけど、このまま死なせたらいけない気がした」
「そんな曖昧な理由で――」
「ウバー。最後まで聞こう?」
今度は、ダジリンが割って入った。彼女とて戸惑っていないわけではなかったが、アッサムが頭を下げてまで懇願するからには、ただの人と魔物という関係を超えた何かの理由があるのだと感じたのだ。十年以上も一緒に育った幼馴染だ。言葉ではうまく伝えられない、理屈の先にある想いを、知覚とは違う感覚で共有していた。
「確かに、こいつは魔王だけど、ずっと生かしてくれてる。三年も追いかけてるのに、僕はこの通り生きてる。ずっと泉にいて、僕の相手をしていた。きっと、その間、誰の命も奪ってないと思うんだ」
誰も反論しなかった。アッサムの予想に過ぎない考えは、事実だったからだ。この村の人間はもちろん、ウバーやダジリンが訪れた先々でも、魔王によって人の命が奪われたという話は聞かなかった。
「どう言っていいのか分からないけど……人間が一方的に魔王を悪く言ってるだけで、実は魔王は悪い奴じゃないのかもって、思う。三年も会えば、いくら僕がばかでも、それくらいは分かる」
同齢の二人は、顔を見合わせ、そしてソファーの彼女へ視線を移した。姿形こそ魔王だが、悪逆非道な存在かと問われれば、即答できない。彼女が暴れ回る姿を見てもいなければ、聞いてもいないのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます