第6章 第3話

「貴様一人で、何ができるというのだ? 貴様はいま、頼もしい母親も、仲間も、友もいないこの場所で、孤独に押しつぶされそうになっておるな。分かるぞ。この精神世界は貴様の心そのものだからな」


 悔しいが、ジェブラのいう通りだった。さらに敵は畳み掛ける。


「共に稽古に励んだ幼馴染に置いていかれ、自分だけが村に居残りになった過去も、未だに惨めったらしく嘆いておるな」


「やめろ……」


「友の家族は健在なのに、自分の父は死に、母は魔王になった。お前だけが不幸になった人生を、世の中を、さぞ恨んだことだろう」


「もうやめてよ……」


「悪いのはお前ではない。世の中だ。そうだろう? チュートリアルひとつとってもそうだ。初めに会った魔物を倒さねばならぬなど、愚の骨頂だ。仕組みが悪いのだ。ひいては、そのような仕組みにした大人が悪いのだ」


「僕は……僕は……」


 アッサムの心の奥底に潜んでいた、理不尽への憤り、他責思考、運命への悲観、諦念ていねん。全てを見透かされ、否定できない本音を言葉にされ、打ちのめされていた。もはや抵抗する気力もなく、ぺたんと座り込んで、頭を抱えた。


「お前は充分頑張った。もう休んでよいのだ」


「ぼ、く……は……」


「お前はここで大人しくしているのだ。私が、この世の中を変えてみせよう」


* * *


 『アッサム』は起き上がった。動きを確かめるように、手を握って、開いてを繰り返す。


「アッサム……?」


 心配そうに、ウバーが顔を覗き込む。その隣には、ディメルもいる。不敵に笑う様子を見たディメルは、慌ててウバーを抱えて距離を取る。その直後、彼女たちがいた場所から、鋭利な鉄針が何本も突き出した。あのまま同じ場所に居れば、どちらも串刺しになっていた。


 『アッサム』は立ち上がる。一度も見せたことのない、凶悪な笑み。その紅い目を見れば、アッサムでないことは明らかだった。


「アンタ……アッサムをどうしたの。言いなさい」


「くくく……。あの小僧は、戦うこともなく、私にこの身体を明け渡してくれたよ。素直な子に育ってくれたようだな」


「嘘、言わないで」


「本当だとも。アッサムは、魔法など使えたのかな? このように」


 アッサムの姿で、アッサムの声で、ジェブラは隕石ほどもある火球を召喚する。それは、迷いなく生まれ故郷の村ヴィラベリオへと放たれた。


「ちぃっ!」


 ディメルは同じ大きさの岩石を召喚し、火球にぶつける。さながら赤熱した溶岩のようになったそれを、風魔法ではるか遠くの砂漠へと飛ばした。その隙を狙って、ジェブラが攻撃を仕掛けてくることを覚悟の上で。


 ジェブラが放った雷がディメルの腿を打ち抜き、背後から飛んできたこぶし大の石が背骨を打ち、刃のように鋭い風が腕を切り裂く。


「ぐっ!」


 防御魔法を張って追撃を防ぎ、自身に回復魔法をかける。この三年、素直に剣を向けてきたアッサムが、今は魔物になって攻撃魔法を向けてくる。融合魔法は、その魔法をかけられた者が対抗魔法を放った場合しか、効果を打ち消すことはできない。ディメルがアッサムに向けて対抗魔法を放ったところで、意味がない。打つ手が無かった。


「人間臭いのを我慢すれば、若い身体は良いものだな。どうだ? 自分の息子に痛めつけられる気分は」


「この下種め……」


「なに、案ずるな。貴様を殺した後で、この小僧との融合は解いてやろう。小僧もすぐに冥府に送ってやるから、今度こそ家族水入らずで過ごすといい」

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