第6章 第4話

「アッサム、起きなさい! いつまでもウジウジ引きこもってるんじゃない!」


 ディメルは叫んだ。『アッサム』の中で苦悶するアッサムに届くと信じて。


「無駄なことを!」


 大人しく静観するはずもなく、ジェブラは槍を呼び出し、猛攻を放つ。同じく呼び出した剣で受け止め、ディメルは続ける。


「アンタがアタシに挑み続けたのは、何のため!? 思い出しなさい!」


「ぐっ……!」


「アンタの父さんが……メイージがアンタに言った最期の言葉、思い出しなさい!」


 ジェブラが顔をしかめたかと思うと、槍を落として頭を抱えた。


「ぐおおおおお……」


* * *


 ――強く生きろ、アッサム。


 メイージは、アッサムにそう言った。小さい頃は、いつも逞しい父に甘えていた。着替えも、歯磨きも、全部自分でできるのに、構ってほしくて、手伝ってもらった。母のいない生活をさせている負い目もあってか、父は甘やかしてくれた。いつかはこの甘えを止めないといけない。互いにそう思っていても、ずるずると甘えて甘やかしての関係を続けてしまった。


 アッサムが九歳の時、強制的に関係は終わった。魔物に襲われ、その時の傷が原因で、メイージは墓の下に行ってしまった。自分で生きる術を学ばなかった自分の弱さを後悔した。それでも、父の言葉に報いるため、今からでも強く生きようと決意した。


 アッサムにとっての強さは、父やカーネルのような存在。そこにいるだけで安心してしまうような人間になることだった。その第一歩が剣士になることだった。


 ――アンタは、アタシに勝って、剣士になるんでしょう? まだ、試練は終わってないわよ!


 母の声が聞こえる。そうだ、まだ、終わっていない。アッサムが一番最初にしなければならなかったのは、剣士になることでも、チュートリアルに挑むことでも、試練を乗り越えることでもなかったのだ。


 心の奥底に潜み続ける、自分の弱さと向き合い、打ち勝つこと。


 ――アンタは、アタシとメイージの子。自信を持ちなさい。


 遠くにいるのに、傍にいる。母の声が、勇気をくれた。アッサムは、精神世界で立ち上がった。手をかざすと、使い慣れた鉄の剣が召喚された。どうすれば良いのかなんて分かっている。ここは自分の心の中なのだから。


 精神世界に、もうひとつの姿が現れた。ジェブラだ。


「小僧め、こしゃくなことを……」


「ここは、僕そのものだ。お前の好きにはさせない」


「ほざけ! 貴様の精神など、破壊してくれる!」


 ジェブラは槍を召喚し、突きを放ってきた。――遅い。あっさりと避けたアッサムは、剣を振る。魔王との戦闘を幾度となく繰り返すうちに、洗練されていった一薙ぎを。


「ぐああ!」


 左腹をばっさり切り裂くが、精神世界の中だからか、緑の血が流れることはない。


「どういうことだ……こんなはずは……」


「忘れてるだろ。ここは、僕の世界だ」


 ――全ては、お前次第だ。最後は、お前の魂の強さが全てを決める。


 オババの言葉を思い返す。今なら、はっきり理解できる。――僕は、心の弱さに打ち勝てば、どこまでも強くなれる。全ては、自分次第だ。


「出ていけ、僕の、世界から」


「ぐ……あああああ」


 腕を、脚を、腹を、胸を、頭を、鉄の剣で切り裂いた。ジェブラだったものは、黒い霧となって消えた。直後、黒と紺青こんじょうが揺れる世界が急速に動き出し、身体が浮くような感覚がした。


 もとに戻れる。自身の心に打ち勝ち、自身の心を守ったアッサムは、浮遊感に身を任せた。

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