第6章 第5話
アッサムの身体から、黒い霧が噴き出した。アッサムは四つん這いになって、荒い息をする。
「アッサム!」
肩を支えて立たせてくれたウバーに向けて、サムズアップする。二人は笑って、拳をぶつけ合った。少し離れたところに、ディメルがいた。
「よくやったわね……アッサム」
「うん……ありがとう、母さん」
アッサムの方から、抱きしめた。ディメルは戸惑ったようだったが、ゆっくりと、アッサムの背中に腕を回した。そして、視線を交わし、頷いた。
「おのれ……。どこまでも邪魔ばかりしおって……」
黒い霧は、元通りのジェブラになっていた。疲労困憊といった様子で、腹に受けた傷も残っている。
「融合魔法の解除の方法は、みっつ。一つ目は、対抗魔法で防ぐこと。二つ目は、融合魔法をかけた者が分離魔法で解除すること。三つ目は、融合魔法をかけた者が、精神世界での勝負に負けること。アンタはアッサムとの勝負に負けた。残念だったわね。アタシの息子は、アンタにやられるほどヤワじゃないのよ」
戦いのダメージのせいか、アッサムの心が強くなったせいか、目の前のジェブラは先程までとは打って変わって、か弱くなってしまったように思えた。もう、長くない。
「この十五年の努力が……無駄に……イルボス様……」
「あのジジイは、六年前に消滅したわ。最期の抵抗に、この角を残していったのよ」
六年前までは、ディメルに角は無かった。泉で一人過ごしている時に、イルボスの消滅とともに突然二本の角が生えてきたのだ。嫌がらせにも似た呪いだった。人間みたいなことをするジジイだ、とディメルは笑った。
その後、泉に来てしまったメイージ、そしてジェブラが出くわし、メイージは致命傷を負ってしまった。逆上したディメルに返り討ちにされ、イルボスのためにテグラ大臣に成り代わろうと決意したその時には、もう既にイルボスはいなかったのだ。
「そうか……ならば、私も追いかけて、お傍に仕えるとしよう。お待たせして……申し訳ありませんでした……イルボス様……私も、そちらに……」
忠実なる側近は、最後の最後までその忠誠心が揺らぐことなく、霧となって消滅していった。
「終わった……」
「ええ。メイージも喜んでいるはずよ。息子が、自分の仇を取ってくれたんだもの」
そう言って、アッサムの頭を愛おしそうに撫でた。親子として接することができなかった十五年分の愛情を、その手に乗せて伝えた。アッサムは気恥ずかしそうだったものの、大人しく撫でられていた。ひとしきり撫でると、ディメルは俯いて離れた。
「じゃあね」
「え、どこに行くの」
アッサムを置いて歩き出した母の背中に問いかける。
「森よ。ここでこうしているわけにもいかないでしょう。今のアタシが魔王であることには変わりないもの」
「そんな……母さんは母さんだ」
「アタシもそう思う。でもね、そう思わない人が大多数なのよ。彼らも、魔王は狩るべき対象だと思ったからこそ、ここに来たんだもの」
大地に大の字になっている、首都から来た大勢の剣士、魔法使いが、ディメルの発言を裏付ける。
「魔王なんていう存在になってしまったけど、悪いことばかりじゃないのよ? 魔物どもに、人を襲わないように脅して恐怖政治できるもの。ジェブラみたいな奴が出てきちゃうのはどうしようもないけどね」
さらりと恐ろしいことを言う母親に、アッサムは苦笑で返す。
「アンタの試練は、まだ終わってない。そうでしょう?」
顔を引き締め、頷いた。
「いつもの場所で待ってるわ。何度でも、挑戦しなさい。アタシの首を獲れるまでね」
そう言って、魔王ディメルは森に帰っていった。脅威を退けた村を、大地を、森を、眩しい朝日が照らした。
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