第6章 第2話

 口から緑色の血を垂らしながら、ジェブラは口の端を吊り上げる。


「イルボス様と融合したあの日と同じだな」


 自分を突き刺すディメルの手を掴み、二人の身体を赤黒い光が包む。


「我らも融合しようではないか。イルボス様と私の二人を、同時に相手してみるがいい」


 十五年前にディメルが魔王イルボスに行ったことを、今度はジェブラが繰り返そうとしていた。分離するつもりがないなら、さらなる融合を行い、数的優位に立つ。既に融合済みの現魔王と自分自身を融合し、ひとつの身体に三つの魂を収めるつもりだ。


「母さん……!」


 アッサムが叫ぶ。本人の前では一度も言ったことのない、母という呼び名で。


「ほう、息子が応援に来ているぞ。残念だな、感動の再会はこれが最後だ」


「あのジジイにも言ったこと、アンタにも教えてあげる。――母親をなめんじゃないわよ」


「ぬっ……!」


 二人を外側から包んでいた赤黒い光を押しのけるように、内側から瓶覗かめのぞき色の光が溢れ出す。一瞬の攻防ののち、内側の光が押し勝って、二人はひとりにならず、二人のままだった。


「なぜだ……。私の融合魔法は、間違ってなどいないはず……」


「ええ、間違ってないわ。でも、忘れてないかしら? 融合と対をなす分離の魔法があるように、魔法にはその発動を無力化する対抗魔法があることを。アタシのやり方を真似する馬鹿が出てくる可能性なんて、十五年前から対策済みなのよ」


「ぐ……おのれ……」


 流れがディメルの方に傾いた。ジェブラはディメルに接近させるために、敢えて攻撃をくらったが、それが仇になった。腹に穴が空いた状態では、これまでのようには戦えない。


「さあ、決着をつけさせてもらうわ」


「くくく……。対抗魔法か、確かに迂闊だった。しかし、それは、その魔法を知っていればこそ発動が可能というもの」


 ジェブラの身体が黒い霧に包まれ、姿を消す。


「融合魔法を知らぬ者が、その対抗魔法を放つことなどできんのだ」


 黒い霧が、アッサムの背後に現れた。緑の血に濡れたジェブラの手が、アッサムの頭を鷲掴みにする。


「アッサム、逃げなさい!」


「……え?」


 アッサムが気づいたときには、もう手遅れだった。叫ぶディメルの声も、隣のウバーの姿も、聞こえないし、見えない。アッサムはジェブラの赤黒い闇に包まれ、暗い海の底に沈んでいくような孤独に包まれた。


 ――ふふふ。私と精神世界へ行こうではないか。そして、この身体の所有権をかけて、勝負しようではないか。


 全方向から響く、鳥肌の立つような低音が頭の中でこだまする。気付けば、アッサムは黒や紺青こんじょうが湯気のようにもやもやと混ざり合う空間で立っていた。


「ここは……」


「精神世界だ」


 声のした方を向くと、ジェブラがいた。


「私はお前に融合魔法をかけた。融合した者は、その身体の所有権を賭けて精神世界で決着をつける。ここには私とお前しかいない。いくら呼んでも、助けは来ないぞ」


 獲物を前にした蛇のように目を細め、アッサムをねめつける。


「貴様を倒し、この身体を奪う。そして、次にあの女を痛めつける。精神は私でも、息子の身体で攻撃されては、抵抗できまい」


 精神世界の空間に不快な笑い声を響かせた。アッサムは恐怖に支配されそうな心を必死に抑え、睨み返した。


「これは僕の身体だ! お前の好きにさせてたまるか!」


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