第6章 魔王と一緒に防衛戦

第6章 第1話

 剣と槍の激しいぶつかり合いに、空気が震えた。一瞬遅れて届いた金属音がした方に目を向けても、二人の姿は既にそこにはない。意識を取り戻したアッサムは、状況が呑み込めず、しかし音と空気が伝える情報でふたつの大きな力がぶつかっていることを認識できた。


「そうだ……ウバー!」


 腹部を赤く染めたウバーを抱き起こす。服は血まみれだが、肝心の傷はすっかり塞がっていた。誰かが回復してくれた。ダジリンは向こうで気を失っているから、こんなことができるのは一人しかいない。


「母さんが……来てくれた」


 どれだけしつこく勝負を仕掛けても、アッサムに重症を負わせず、デコピンひとつで返り討ちにした、魔王を兼ねた強き母親。彼女が駆けつけてくれた。


「ぐっ……おれは、いったい」


 ウバーが目覚めた。アッサムは心の底から安堵した。大切な人を失う苦しみを味わうのは、もう二度とごめんだ。


「魔王が……母さんが戦ってる」


「そうか」


 彼もまた状況を理解し、戦いの邪魔にならぬよう、ダジリン達を回収して村に運びこんだ。カーネルを含め、気を失った三人をオババの元に届けると、オババはアッサムの手を掴んだ。皺くちゃな顔でアッサムの目をじっと見つめる。


「今夜はお前の運命が決する日。良い方に転ぶか、悪い方に転ぶか、それはワシにもみえぬ。全ては、お前次第だ。最後は、お前の魂の強さが全てを決める」


 分かるような、分からないような内容だったが、アッサムはオババの言葉を胸に刻み、大きく頷いた。そして、母の元に舞い戻った。村人には止められたが、振り切って出てきた。オババの言葉を借りるなら、これは自分の運命を決める戦いでもあるのだ。


「付き合うぜ」


 ウバーも一緒に来てくれた。剣士として共に腕を磨き、心を繋いだ親友が傍にいてくれる。これ以上ないほど心強かった。


 一方、ディメルとジェブラの戦いは膠着こうちゃく状態だった。互いに有効打を与えられず、武器がぶつかる音が不連続に鳴り続いていた。


「今の私と張り合うとは、大した女よ」


「アンタこそ、あのジジイの力を超えたんじゃない? イルボス復活なんて待ってないで、自分が魔王になった方が早いんじゃないかしら?」


「ふざけろ。私の忠誠は揺らがぬ。何があろうと、私はイルボス様の忠実なる部下だ」


「あのジジイのどこにそんな魅力があるのか理解ができないけど、浮気せずに一途いちずに慕い続けている点は評価するわ」


「それならば、イルボス様を返してもらおう」


「残念だけど、それは無理な相談ね。融合しちゃったもの」


「嘘をくな。融合魔法があるならば、それと対をなす分離魔法があって当然。貴様がそれを知らぬはずはあるまい」


「……」


「その沈黙は肯定とみなそう。イルボス様と融合し、精神世界での戦いを制し、自身が魔王となることで、人類への脅威を取り除こうとしたのであろう? 何世代もの人類の滅びを目にするほどの長い孤独に耐えるつもりで、な」


 二人は離れ、一定の距離を置く。武器の衝突音が止んだ。


「その決意も揺らいだのではないか? 可愛い可愛い息子に会ってしまって」


「黙りなさい」


「イルボス様と融合したあの日、姿を消したのは、息子に会うのを避けたためであろう? ひと目会ってしまえば、離れがたくなるものな」


「黙れって言ってんのよ」


「貴様に会いに行った夫が言っていたではないか。自分ひとりで抱え込まず、魔王なんて吐き出してしまえ、と。私も同じ意見だとも。踏ん切りが付かぬようだったから、貴様の目の前で夫を殺してやったというのに、意地を張りよって」


「……!」


 一瞬にして姿を消したディメルの剣が、ジェブラの腹を貫いた。

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