第5章 第8話

 自身が連れてきた勢力を戦闘不能にすると、アッサムの心臓に槍の切っ先を突き付けた。


「どれ、止めを刺してやるか。残念だったな、小僧。貴様の母親は、貴様の命などどうでもいいらしい。お前を痛めつけてあの女をおびき寄せようと思ったが、これでは餌にすらならん。これ以上戯れるのは時間の無駄というもの」


 動けるものは、誰もいない。


「死ぬがよい」


 ジェブラの凶槍が、アッサム目掛けて振り下ろされる――。


「なに!?」


 槍の穂先がアッサムに突き刺さろうとしたその時、胸のペンダントが強い光を発した。光は結界のように槍をはじき、球体の形をとってさらに領域を広げていく。聖なる雰囲気が漂う光の壁は、ジェブラにとっては不吉そのもの。不気味なものを感じ取り、後ろに大きく跳躍して距離を取った。


「なんだ、これは……?」


 強い光は、やがてアッサムの前でひとつの形に収束していく。スリムで小柄な、頭部にふたつの角を頂く女性のシルエット。


「まさか……」


 光のシルエットが極小の粒子となって飛散した。その場所には、ジェブラが心待ちにした相手が立っていた。


「一体、何事かしら」


 現在の魔王ディメルが姿を現した。


「あらあら、随分と荒れてるわね」


 目の前の魔物、その奥で横たわる大勢の人々、村の壁だったものの残骸。そして――。


「……アッサム!」


 傍で倒れるアッサムの状態を確認し、息があると分かると、ほっと胸を撫でおろした。状況を一瞬にして把握した彼女は、両手をかざす。アッサム、ウバー、ダジリン、ニケア、そして大勢の首都の精鋭達を一斉に白い光が包む。わずかな時間で、全員の身体は傷ひとつ無い元通りの姿に回復した。


「あんたの仕業ね、ジェブラ」


 回復を終えたディメルは、殺気を込めた目で敵を見やる。対するジェブラは、目を細めて笑みを浮かべる。


「待ちわびたぞ、魔王を語る不届き者よ」


「アタシもよ。魔物の姿のアンタなら、手加減無しで戦えるわ。この間のお返しをさせてもらうわよ」


「本来の姿になった私の強さは、この間とは比較にならんぞ? それに、私の目的は魔王イルボス様の奪還。貴様との決着などどうでもよい」


「あら、結局はそれって同じことじゃない? それに、年寄りを叩き起こそうなんて、ひどい側近ね」


「ほざけ。息子の死に際まで出て来なかった貴様に言われる筋合いはないわ。なぜ今頃になって現れた?」


 ディメルは、アッサムの胸元にあるそれに目をやった。昔、メイージと交際していた頃に贈ったペンダント。それを身に付ける者が命の危機に陥った時に、ディメルをその場に転移させる魔法が自動で発動するように、ディメルが魔力を込めたもの。


「――アンタに殺されたメイージのためにも、その命、差し出してもらうわよ」


 ジェブラの問いには答えず、白く輝く剣を召喚し、切っ先を敵に向ける。


「それはこちらの台詞せりふだ。人間の女風情ふぜいが、魔王様と融合などしおって。イルボス様を侮辱したつけは、貴様の命で払ってもらうぞ」


 黒く不気味な槍を構え、ディメル目掛けて駆ける。魔王と、元魔王の側近が、因縁の土地で力をぶつけようとしていた。

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