第5章 魔王の敵がやってくる

第5章 第1話

 次の日、アッサムは泉へ行かなかった。彼女が母親かもしれないと思うと、どんな顔をして、何を話せばいいのか分からなかった。


 自宅で考えに耽っていると、ウバーが剣の稽古に誘ってくれた。力の限り剣を振るって、ダジリンが差し入れてくれたサンドイッチを食べて。魔王のことには、一切触れない。そんな二人の気遣いが心に染みた。


「もうすぐ帰っちゃうんだよね。寂しくなるよ」


 ウバーは今夜、村を発つ。たった三日の滞在で、また修行に戻ってしまう。 


「わざわざ夜に出て行かなくても、明日の朝まで待ったらいいのに」


「首都からわざわざ迎えが来るんだ。そうはいかないよ」


 ウバーは現在、首都で修行をしている。アッサムが初めて聞いたときはびっくりしたが、首都でメジャーな移動手段は、魔法使いの転移魔法だというのだ。魔法使いに金を払って転移魔法で村まで送り届けてもらったらしい。帰りは、その魔法使いが一度村まで転移してきて、ウバーを連れて一緒に転移するとのことだった。


「あたしはまだ転移魔法を使えないけど、使えるようになったら、三人で出かけようね」


「楽しみにしてるよ。僕も、頑張らなきゃ。ウバー、もう少し、付き合ってくれるかな」


「もちろんさ」


「もう。せっかく帰ってきたのに、修行してるのと変わらないじゃない」


 苦笑するダジリンの前で、二人は稽古を再開する。木刀がぶつかり合う音、飛び散る汗。遠くからその様子を見るカーネルは、大きくなった子供たちのさらなる飛躍を願うのだった。


 そして、その日の夜――。


 ウバーが約束した帰宅の時間がもうすぐやってくる。村の入口で待機し、ウバーの両親とカーネル、そしてアッサムにダジリンに囲まれ、首都に戻る前の最後のひとときを過ごしていた。


「三日しかいられないのに、僕のわがままに付き合わせちゃってごめんね」


「おれが勝手に付き合ったんだ。謝らないでくれよ」


「うん……ありがとう」


「本当にもう帰っちゃうのね。今度帰ってくる時は、あたしみたいにゆっくりしてね」


「ダジリンのゆっくりに付き合ったら、おれはじいさんになりそうだ」


 大人達は会話に混ざるのを遠慮し、子供達が名残惜しむ様子を温かい目で見守っていた。間もなく、帰る時間。若者たちは、迎えがやってくるその時まで話し込むつもりだ。


「約束した時間は、もうそろそろだ」


 ウバーが魔力時計――魔力を込めておくことで動く時計――を取り出す。迎えを頼んだ魔法使いは、きっちりした奴だから、ぴったりに来るはずだ。そんなウバーの予想に反し、時間になっても迎えは来なかった。さらに十分ほど待ってみたが、まだ来ない。


「おかしいな……。遅刻するようなやつじゃないのに」


「時間を勘違いしてるのかな。これじゃ、いつ来るか分からないね……」


「いったん家の中に入って待つ? あたしの家はすぐ近くだから、うちで待ってれば、誰か来たら気づくよ」


 ダジリンの言葉に甘えようか、という雰囲気になった空気の中。村の入口近くの地面に魔法陣が現れた。


「あ、転移魔法!」


 ダジリンが魔法陣を指差す。少しの遅刻で、迎えがやって来てしまったようだ。魔法陣の放つ光が強くなり、その中に黒いシルエットが現れた。光が収まり、魔法陣が消え去った後には、派手な刺繍入りのローブを纏った少年が登場していた。


「ウバー、大変だ!」


「なんだよ、やぶから棒に。君の時計、狂ってるぞ。もう約束の時間を過ぎて――」


「それどころじゃない! もうすぐこの村に、首都から討伐隊がやって来る! 下手したらみんな掴まっちゃうよ!」


 必死の形相で言い放たれた突飛な話に、一同が呆気にとられる中、カーネルだけが苦虫を嚙み潰したような顔をした。

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