第5章 第2話

「どういうことだよ、ニケア。詳しく聞かせてくれ」


 ニケアと呼ばれた黒縁眼鏡の彼は、大仰おおぎょうな身振りで話し出した。


「テグラっていう大臣が、この村は魔王を匿ってるって言いだして……。首都にいる剣士や魔法使いを集めて、もうすぐここにやって来る! オレにも号令がかかったんだけど、隙を見て抜け出してきたんだ」


「どうしてそんなことに……」


「オレにもさっぱりだ! お前は何か心当たり無いのか!? この村にいたんだろう!」


 思い当たる節はある。魔王存在に、会っている。瀕死のところを、助けてしまっている。助けるところを、見逃してしまっている。


「慌てても仕方がない。お前達は家に戻るんだ。申し訳ないが、オババにこのことを知らせてほしい」


 カーネルが村長の顔になった。そして、少年たちには自宅待機を、ウバーの両親にはオババへの伝言を指示した。ウバーの両親は指示に従い、オババの元に駆けて行った。


「君は、首都に戻りなさい。ここに居ることが知られれば、君もただでは済まない」


 次に、ニケアに帰還をうながす。しかし、彼は笑って首を横に振った。


「ご配慮、痛み入ります。でも、オレはここにいます。ウバーに前金貰っちまってるし、首都に連れて帰るまでが、受けた仕事なんで」


「ニケア、そんなのいいから、一人で戻れ! おれに付き合って、お前が巻き込まれることはない!」


「オレがどこにいるかは、オレが決める。……正直言って、今の首都のお偉いさんは、何かおかしい。あいつらの方に付いたら、命が助かったところで、オレは自分の選択に後悔する。だから、オレはお前につく。追い返すなら、勝手に居座る」


 そう言って仁王立ちする。梃子てこでも動かぬ意思と態度を表明されては、仕方がない。


「分かった。そこまで言うなら好きにしなさい。だが、俺としては将来ある若者をみすみす死なせるわけにはいかない。村の人間であろうと、なかろうとな。まずは、その大臣とやらが来たら、話し合いを試みる。相手が武力をもって制圧しようとするなら、この俺が相手をする。それでもだめなら、その時は力を貸してもらおう」


 自分が死んだ場合の、村の砦。重要な役割だが、そう簡単にその役を回すつもりはなさそうだ。つまり、自分の命尽きるまで、少年たちには指一本出させず抗い続けるということ。その覚悟を受け取ったニケアは、神妙な面持ちで頷いた。


「カーネルさん、ごめんなさい。僕のせいで……」


「気にするな。最終的に決めたのは俺だ。アッサムが気に病むことじゃない。さあ、お前達は家に帰るんだ」


 三人は頷き、ニケアを伴って村に戻っていった。残されたカーネルは、ふう、と息を吐く。昨晩ディメルが運ばれた時から、何となくこうなる気はしていた。昔から、勘が鋭く、特に嫌な予感は大体当たっていた。今回は外れてほしかったが、そうは問屋が卸さないらしい。


「それなりに長生きしてきたが、俺もそろそろお前のところに行くかもな……メイージ」


 話し合いで済めば良いが、そんなものははなから期待していない。首都の腕利き達を集めてやって来るということは、戦を仕掛ける気満々ということだ。攻め入る大義名分を得てしまえば、相手の口上など耳を傾けるに値しない。よしんば耳を傾けてくれたとして、村で匿っているわけではないものの事実無根というわけでもないのが、言い訳するにも苦しいところだ。


 隅々まで調べれば、この村に魔王がいないと証明できるが、そんな面倒なことはせず、村を火の海に死、殺戮の限りを尽くすに違いない。十五年前の再来だな、とカーネルは思った。

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