第3章 三人寄れば剣と魔法と魔王

第3章 第1話

 翌日、アッサムは森の奥の泉へと出かけた。


 ――あんなことを言っておいて、本当はきっと僕に来てほしくなかっただけだ。落とし穴でも掘って、僕が引っかかるのを面白がるつもりなんだ。三日かけて、穴を掘るつもりなんだ。


 もちろん、本当にそんなことをすると思っていたわけではない。そうとでも思わないと、胸の奥でざわめく、不安に似た胸騒ぎを押し込めることができなかった。


 泉に到着した。彼女は、いなかった。近くに寄って、体育座りする。彼女は待てとは言ったが、村で待てとは言わなかった。ここで待っていても、それはアッサムの勝手だ。


――あら、あれほど言ったのに、性懲りもなく、また来たのね。少しは腕を上げたのかしら?


 彼女の虚像が鼻を鳴らす。彼女がよくいる水面が、いつにも増して静かだ。鳥のような声、ウルフのような声。魔王に慌ただしく挑むだけだった三年の間に気づかなかった森の息吹が、よく聞こえる。


 夜が更けるまで待っても、彼女は姿を現さなかった。




 翌日も、泉に来た。やはり彼女はいなかった。泉に手をかざして呪文を唱える彼女の姿が思い浮かぶ。剣を向けるばかりで、考えもしなかった。彼女は、この泉で何をしていたのだろう。


 泉に手を向けてみる。ぶつぶつと、呪文っぽい言葉を出してみる。――何も起きなかった。魔法の心得などまるでないアッサムの適当な独り言に、泉は何も答えない。分からないことがひとつ増えただけだった。


 空が赤みがかってきた頃、アッサムは立ち上がり、その場を後にした。彼女は、アッサムを赤子の手をひねるようにあっさりと返り討ちにして追い払うし、しゃくに障ることも言う。だが、嘘を言ったことはない。デコピン以上の、大けがをするような攻撃をしてきたことはない。


 人間である自分を、魔王である彼女が殺そうとしてきたことはない――。


 それなら、彼女の宣言通り、今日も来ないのだ。明日こそ、決着をつけてやろう。遭遇した魔物を切り伏せ、手に入れた素材を村への手土産に、その日は帰路についた。

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