第1章 第2話
十二歳の少年アッサムは、井戸の冷たい水を顔に浴びせ、太陽を仰いだ。今日は待ちに待った大事な日、いつまでも寝ぼけ眼ではいられない。
首都ドルンから遥か遠く。黒い木々で覆われた森の奥に、ひとつの村があった。その村の名はヴィラベリオ。自然の多さに反して作物に恵まれず、村人がやっと食っていけるだけの穀物をつくるのが精いっぱいという暮らしは、決して豊かとはいえなかった。それでも、彼らを照らす太陽に感謝し、汲みあがる地下水に喜び、心荒むことなく生きていた。
小さな村の周りには、首都以上に強力な魔物が蔓延っていた。それでも村民が平穏な暮らしができているのは、村長のカーネルをはじめとした戦闘の精鋭たちが村を守っているからだった。
カーネルは首都でも名が通った剣士で、各地を冒険していたが、二十年前に一線を退いたあとにヴィラベリオに腰を据えた。それからは、そこに骨を埋めるつもりで村を守ってきた。そんな姿を幼い頃より見て来たアッサムは、カーネルは憧れの存在であり、目標でもあった。
その背中を追いかけて、それでも年齢という壁の前ではどうすることもできず、動かないかかし相手のチャンバラで鍛錬するしかできなかった。だが、とうとう年齢の壁を越えた。アッサムは、この日を待ちに待っていた。高ぶる気持ちのまま村の外に出ていきたい気持ちを、必死に抑えていたのだった。
「アッサム、おはよう」
振り向くと、憧れのカーネルが一瞬視界に入って、すぐに白いもので塞がれた。頭に乗せられ、顔まで垂れたそれを引っ張ると、また憧れが見えた。
「お、おはようございます!」
「いよいよだな。そいつは餞別……ってほどのもんじゃないが、まあ持っとけ。他の二人はもう来てるから、準備できたらお前もすぐ来いよ」
それだけ言うと、彼は後ろ手を振って去っていった。アッサムの手に残ったのは、かつてカーネルが冒険者だったころに使っていたという、首都のシンボルが刺繍されたタオル。量産品だが、ほつれも汚れもなく、作られた当時の状態ほぼそのままに見えた。もったいないと思ったが、濡れた顔に触れた時点で使用後だ。残りの水分をそれで拭って、バンダナ代わりに頭に巻いた。
それだけで、カーネルのように強くなれた気がした。脇に置いていた鉄の剣をつかみ、村の入口に向かった。
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