第7章 未来は魔王とともに

第7章 第1話

 ジェブラとの戦いから、三年が経過した。今日で十八歳になったアッサムは、カーネルのタオルをバンダナにし、父の形見のペンダントを首に下げ、鉄の剣を装備し、村を出た。


 この三年、毎日のように泉に出かけた。もちろん、試練達成のためだ。さすがの魔王もディメルの実力を認め、剣を召喚して対峙するようになった。昨日まで負けて負けて負け続け、負け戦績はついに一万の大台に乗ってしまった。


 これから、一万一回目の戦いに赴く。どんなに負けても、心はくじけない。


 泉に到着した。彼女は、既に剣を持って待ち構えていた。


「おはよう。さっそく始めましょうか」


「ああ!」


 挨拶もそこそこに、戦闘を開始した。親子とは言え、いや、親子だからこそ、互いに手は抜かない。互いの手の内を知り尽くした二人の戦いは、接戦だった。金属音が水辺に響く。


「はあっ!」


「せいっ!」


 それぞれの気迫がぶつかり合い、一進一退の攻防戦が繰り広げられる。疲労の蓄積はお互い様。勝敗を分けるのは、心の強さ。アッサムは、最後の最後で弱気になってしまう癖があった。それが、ジェブラとの激闘を制してからはその弱点が無くなっていった。


 嬉しいような、寂しいような複雑な感情を抱いたディメルだったが、息子の成長を素直に喜んだ。だからこそ、わざと勝ちを譲るような真似はせず、全力をもって相手をする。最強の現魔王、最強の母親として。


「そこよ!」


 ディメルの剣がアッサムの剣をはじき飛ばし、左脇腹を切り裂いた。ぐっと唸ったが、アッサムの心は折れなかった。丸腰の状態でディメルに向かい、ディメルの剣のガードを両手でがっちり掴み、いったん引いてディメルのバランスを崩させると、思いっきり突き出した。


 前かがみになったディメルの腹に、自身の剣の柄がめり込んだ。


「ぐぅ……」


 腹を押さえて膝をついたディメルの首筋に、奪った剣の刃をあてた。共に荒い呼吸を数度繰り返したのち、ディメルはふっと笑った。


「降参よ」


「……やった」


 剣を放り出し、アッサムは大の字に倒れた。三度の呼吸のあと、「勝ったぁぁぁぁ」と勝利の声を絞り出した。


「そこは、もっと雄たけびみたいに喜ぶところじゃない?」


 アッサムの傷と自分の傷を回復したディメルが横座りして笑う。


「そんな元気ない」


 己の限界を超えた戦いを繰り広げた後に、体力など残っていなかった。最期は闘志だけで動いていたようなものだった。


「さあ、これで文句はないわ。アタシの首をねて、倒した証拠に持っていくことね」


「なんで?」


「なんでって……。それが試練の条件でしょう?」


「試練の条件は、初めて出会った魔物と一人で闘って勝利すること。命を奪えとは言われてない」


「それじゃ、アタシを倒したって、どうやって証明するのよ」


「一緒に来て、倒されたって言ってくれればいい」


「はあ!? アタシに、村まで来いって言うの?」


「もちろん」


 冗談でしょ、と覗いたアッサムの目は真剣で、本気だった。誰に似たんだか、と笑えてくる。


「村に出て行って、いきなり攻撃されたんじゃ、たまったもんじゃないわよ?」


「大丈夫。母さんのことは、村中が知ってるよ。というか、もう世界中で有名」


「はあ!?」


 二度目の吃驚きっきょう


「母さんはずっとここにいたから知らないだろうけど、世の中は結構変わってるよ」



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