第1章 第10話

 それから三年。アッサムは十五歳になり、身長が伸び、線が細いながらも筋肉もついた。この三年の間、毎日毎日、何度も何度も、魔王に挑み続けた。負けて帰っては鍛錬に励み、今回こそはと鼻息荒く突っ込んでいっては、デコピンされてまた帰るの繰り返し。


 この日々が幸いしてか、アッサムの戦闘力は三年前と比べ物にならないくらいに成長し、村のまわりの魔物を苦も無く成敗できるほどになっていた。


 チュートリアルで足止めを食らっているアッサムは剣士にはなれていないが、別に魔物と闘ってはいけないわけではない(推奨もされていないが)。ただ、剣士と名乗ることや、冒険者として一人旅をすることが認められないだけだ。


 剣士となったウバーと、魔法使いになったダジリンの二人は、二年前に村を出た。それぞれの師匠とともに、広い世界に旅立ったのだ。幼馴染三人の中で、アッサムだけが村に残ることになってしまった。


 剣士と名乗るに足る実力を身に付けておきながら、剣士でもなく、旅にも行けない。悶々とした感情を抱えながら、怒りとも嘆きともとれないその感情を、剣に乗せて魔王にぶつけていたのだった。


 一日の中で、魔王と闘う回数も徐々に増えた。最初は、明朝に出かけて、返り討ちに遭ったら、その日はもう動く気力がなかった。それが、一日に二回、一日に三回と挑む回数が上がっていき、一番多い時には十回も戦闘を仕掛けた。


 そして、十五歳の誕生日を迎えた日。

 この日八回目となる魔王への挑戦をし、顎ピンをされて大の字になっていた。完全に伸びているアッサムの顔に、水の玉が落ちてきた。


「ぶはっ!」


「早く起きなさい。そんな所に寝てると、魔物に食われるわよ」


 お前も魔物だろうが、という指摘は、頭の中で留まった。眩暈がして喋るどころではなかったのだ。起き上がったアッサムの目の前で、美少女魔王が抱え膝座りしていた。


「ぼんやりしてそうだけど、まあそれ位まで覚醒すれば問題ないわね。今日はもう来るんじゃないわよ」


「ちくしょう……。何でお前にそんなこと……」


「これで何回目だと思ってんのよ。これだけお遊びに付き合ってやってるのに、接近禁止にしないだけありがたいと思いなさい。ストーカーぼうず」


「その呼び方やめろ!」


 いったいこの女に何度辱められれば良いのか。チュートリアルで最初に出会ったのがこの女でなければ、アッサムだって三年も挑んだりしていない。憤慨するアッサムに背を向け、歩き去っていく。苦虫を嚙み潰したような顔でその姿を見送っていたが、彼女は立ち止まり、顔だけをこちらに向けた。


「いちおう言っておくわ。誕生日おめでとう」


 彼女は闇に溶けて消えていった。誕生日プレゼントは、通算五千回目の敗戦だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る