第3章 第8話

 食事が終わってから程なくして、ウバーとダジリンが訪ねてきた。二人ともローブ姿で、バッチリ旅支度した状態だった。


「おはよう、アッサム。疲れは取れたか?」


「アッサム、あたしたちは準備できてるけど、アッサムはこれからよね? ここで待ってるから、支度してきなよ」


 二人の心遣いを受け取り、アッサムは急いで自宅に戻って出かける準備をした。身体を拭き、下着を取り換え、戦いやすい恰好に着替える。鉄の剣を腰に差し、三年前に貰ったカーネルのタオルをバンダナにする。


 今日は、魔王が宣言した三日目。彼女は、自分が戻って来なかったら、死んだものと思えと言った。もし泉に彼女が現れなければ、試練の対象の魔物がこの世に存在しないことになり、アッサムのチュートリアルは討伐対象を変えてやり直しになる。アッサムにとっては、そっちの方が確実だし、願っても無いこと。


 ――そのはずなのに、それを拒否する自分がいる。魔王をほふれる武器やアイテムまで使ってまで倒そうと画策したのは、他でもない自分だというのに。魔王本人に魔王の弱点を訊くという愚昧ぐまいな行動まで起こしたというのに。


 引き出しを開け、父の形見のペンダントを手に取る。数秒思い悩んだ末、そのペンダントを首にかけた。父から手渡されてから、それを身に付けるのは初めてだった。万が一にも戦闘中に紛失したり、壊れてしまったりしたら、一生後悔する思ったからだ。それでも、この日はなぜかそれを持っていたいと思った。


 自分の中でせめぎ合う様々な感情を深呼吸で吐き出し、アッサムは幼馴染たちの待つ村長宅へ舞い戻った。




 アッサムを先頭に、ウバーたち二人が距離を空けずについてくる。朝とはいえ、木々が並び、葉がほとんど隙間なく空を覆う森の中は、ほの暗くて不気味だ。


「この森は庭と言えるくらいに知り尽くしていると思っていたのに、そんな泉があったとは知らなかった。知ったつもりになっていただけだったんだな」


「綺麗な泉なら、あたし、お水飲んでみようかな」


「綺麗でも、生水は止めておいた方がいいんじゃないか……」


 後ろからそんな会話が聞こえてくる。自然と魔物の音しか聞こえない毎日とは違う、仲間と一緒の朝。しばらく進むと、森の奥が薄いもやで包まれていた。


「目の前が見えないほどじゃないが、はぐれたら厄介だ。二人とも、なるべくくっついて歩こう」


 ウバーの助言に従い、半歩分の間隔で並ぶように歩を進めた。先頭のアッサムは、二人を置き去りにしないよう、少しペースを落として歩いた。二人もこの森は良く知っているとはいえ、歩くのは二年ぶりなのだから。

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