第7章 第4話

 不可侵とはいっても、それを破るものはいる。知能を持たない魔物や、ヒトを嫌う魔物だ。そういう場合は、容赦なく倒しまくるしかない。戦う術を持たない人々が集まる場所へは、剣士や魔法使いが派遣される。


 もしくは、旅の途中に立ち寄った際に、無条件で助けてくれる。その強さを目の当たりにし、その噂が人から人へと伝わり、やがてヴィラベリオにも届く。


「アッサム達、また魔物から村を守ったそうだよ」


「そう」


 カーネルの報告を、ディメルは笑顔で聞き流す。遠くに居ても名が届くくらい、頑張っている。やはり、あの人の子だ。そんなことを思いながら、遠くの地に居る息子にエールを送る。


* * *


 あれから百年の時が経過した。当時の顔ぶれは、ほとんどいなくなってしまった。オババも、カーネルも、ウバーも、ダジリンも、そしてアッサムも、天寿を全うした。


 当時と変わらない容姿で今を生きるディメルは、大勢の子孫が脱ぎ散らかした洗濯物を終え、一息ついたところだ。曾孫ひまご玄孫やしゃご来孫らいそんと彼らの配偶者達を合わせて七十名の大家族。大きな敷地に、たくさんの戸建てがあり、それぞれの家族で過ごしている。


 魔王と融合したディメルは、その長い寿命ゆえに多くの死を見送った。母親でありながら、アッサムの死を看取った時は、一緒に消えてしまおうかとも思った。だが、同時に、多くの生にも立ち会った。アッサムの子、その子が産んだ孫、孫が生んだ曾孫……。多くの命に出会い、悲しみ以上に喜びが大きくなった。


 こうして、今日も子孫たちのために、現役の魔王がいそいそと家事をこなしているというわけだ。


 そして今日、来孫の一人が十二歳となり、チュートリアルを受ける。もちろん、ディメルとの戦闘に勝つのが達成条件ではない。そんな制度は、一瞬で廃止になった。現在のチュートリアルは、ちょっとした見世物というか、式典に出席して剣を振る真似事をする程度の内容だ。


 平和になった今では、剣士になっても腕を振るう機会がほぼ無く、成り手不足に陥っているが、それでも万が一に備えて一定の数は必要である。ヴィラベリオの子たちは、教科書に載った自分の先祖を誇りに思い、みんなチュートリアルを受けている。


「大おばあちゃん、行ってきます!」


「ちょっと待ちなさい」


 出かけようとするその子を呼び止め、首からペンダントをかけてやる。


「御守りよ。持っていきなさい」


「ありがとー! これを持ってると、どんな試練も乗り越えられるんだよね!」


「そうよ。アタシの息子は、これをつけてアタシに勝ったのよ」


「大おばあちゃん、魔王なのに、すごーい!」


「でしょう? アンタのチュートリアルにも、アタシが出るから頑張ってね」


「チュートリアルに魔王が出てくるなんて聞いてない!」


「ふふふ。冗談よ。ほら、行ってらっしゃい」


「頑張ってくる!」


 元気に出て行った子孫を、笑顔で見送る。


 ――何かご馳走を作って待っていよう。旅に出たアッサムが帰郷する度に作っていたシチューにしようかしら。それとも、ピッツァにしようかしら。その前に、アッサムのお墓に伝えに行かなきゃ。


 手入れが行き届いた先祖の墓が並ぶ墓地に花を添え、両手を合わせる。遠い世界に逝ってしまった息子達の顔を思い浮かべて、今日の出来事を報告する。


 ――強く生きようともがいたアンタの心は、今も続いているわよ。さすがアタシの子たちだわ。


 遠くても、繋がっている。世界中が大地と水で繋がっているように。アッサムの墓に飾られている鉄の剣が、錆びることなく陽の光を反射していた。




 ―― 完 ――

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チュートリアルに魔王が出てくるなんて聞いてない! 篠塚しおん @noveluser_shion

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