平安時代を舞台にして、代詠という風習を軸に織子と貴晴という二人の視点が交互に描かれ、宮廷における恋愛や出世の駆け引きが巧みに表現されています。
時代背景の再現が緻密で、こればかりは執筆力だけではなく知識も必須になってくるため、作者の強力な武器として活躍していました。
平安貴族の文化や官位制度、婚姻事情などが細かく描かれており、当時の社会における価値観や慣習がリアルに伝わってきます。特に、和歌が単なる文学ではなく、出世や恋愛に影響を与えるという設定が物語に深みを与えている印象です。
歌を詠む才能を持ちながらも、自身の名前ではなく他者の名で詠むことを求められる織子の立場が独創的で面白く、社会的制約の中での葛藤が丁寧に描かれています。これは、個人の才能と社会的役割のギャップを象徴しており、冒頭から読者に考えさせる要素となっています。
この作品で特筆すべきところは、作者様の豊富な知識と、そして「歌」だろう。
かつて、和歌とは神へ捧げるものであり、人と人とのコミュニケーション手段であったという。歌の上手は神をも動かす――と、まあ、そんな話はさておいて。
この作品において、随所に歌が散りばめられている。それこそ、伊勢物語や源氏物語の如く。
それがまた、この作品の雰囲気を完成させていると言えよう。
互いに互いのことを知らないまま、歌だけを重ね。そしてその歌を便りにその人を知る。
とにかく上品で、けれど先が気になる「鬼」や何やら政治に絡んだ不穏な気配。それを辿って行った先、そこには恋の結末もある。
これぞ和風。この雰囲気がまた、作風から人物から何から、上品で「らしい」ものにしているのでしょう。
ぜひ、ご一読ください。