第4章 第8話

 一瞬ののち、彼女の腹部に深々と魔王の剣が刺さっていた。魔王は醜悪な笑みを浮かべて、剣身の全てを身体に押し入れた。


 ――がはっ……!


 ――夫婦揃って、腹に穴を空けて死ぬがよい。


「あ……ああ……」


 己が甘さが原因で引き起こしてしまった事態に、カーネルは打ち震えた。両手から滴る戦友の生ぬるい血が、心の温度を奪っていく。


 ――しっかり……しなさい。カーネル!


 凛とした声が響いた。後ろ手に回復術を放ち、それを受けたメイージの身体が光に包まれ、腹の傷が塞がっていく。出血のせいで顔が青白いが、一命は取り留めた。


 ――ふん。自分の身を心配した方がよかったんじゃないか?


 ――余計なお世話。それに。


 彼女は、自分を刺している剣を握る、魔王の手を掴んだ。その瞬間、二人の身体が発行し、鼓動する。


 ――な……! 貴様、一体何をしている!


 ――不用意に近づいてきてくれてありがとう。長い時間をかけて構築してきた融合魔法、やっと実行できるわ。


 ――ゆ、融合魔法だと!? そんなことをすれば、貴様とて無事ではすまんぞ……!


 ――あら、心配してくれるの? 優しいところあるじゃない。半分は賭けだけど、アタシはアンタに負けるつもりはないわ。最終的には、魂の勝負。その身が朽ち果てるまで、続きをやりましょうよ。


 ――や、やめろ! やめろぉぉぉぉ!


 狼狽する魔王イルボスを無視し、さらに光を強める。もはや、魔王に逃れる術はない。二人の身体のほとんどが光で包まれたとき、気を失っているメイージ、そしてカーネルに、優しく言った。


 ――アッサムを、お願い。アタシのアッサムを……。


 その直後、二人は光とともに消滅した。こうして、魔王率いる大群による襲撃は、村に被害を出すことなく退けることができた。世紀の大魔法使いひとりと引き換えに。


 カーネルの昔語りがひと段落し、赤子の頃に起きた大戦争に冷汗を垂らす。もしそんな戦いが今起きたとして、自分達は三人のような働きができるだろうか。……考えるまでもなく、不可能だ。


「アッサム。今の話を聞いて、何か気づいたことはないか?」


 先生が生徒を指導するような、急な問いかけをされた。


「えっと……。僕の母さんが、とんでもない人だったって思いました」


「そうだな。俺もそう思う。あとは?」


「その時に母さんと魔王はいなくなったはずなのに、なんで今もいるのか分からなかったです」


「お、いい感じに核心に迫ってきたな。それじゃあ、もうひとつ。俺が話したお前の母ちゃんと、お前が三年挑んできた魔王、その二人を比べて、どう思う?


 この三年の魔王と交わした会話を思い返す。そして、今さっきカーネルが話してくれた、母さんの雄姿を思い返す。アッサムはあっと声を出した。


「似てる……。僕が会った魔王と、母さんの口調、似てる……」


 期待した回答をした生徒を褒めるように、アッサムの頭を撫でた。


「ああ。あいつは……お前の母ちゃんのディメルは、お前がさんざん戦ってきた魔王、本人じゃないかと俺は思っている」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る