第4章 第4話
「アッサムは何も知らねえよ」
カーネルが長い沈黙を破った。全員の意識が、彼に向く。
「アッサムは、ということは、カーネルさんは何か知っているということですね」
「ああ」
「魔王と知り合いなのかどうかも含めて、知っていることを教えてください。もう、カーネルさんやアッサムだけの問題じゃなくなっているんです」
この村に魔王を運び込み、ダジリンが回復させてしまった時点で。
「ウバーの言うことはもっともだ。必ず説明はする。……だが、少し時間をくれないか。俺も、いま起きていることを全部整理できてるわけじゃないんだ」
「そんな悠長なことを言っている場合では――」
「明朝まででいい。頼む」
今度は、カーネルが頭を下げた。たかだか村の若造相手に、村長たる彼が。
「ウバー……」
ダジリンが村長の頭を上げさせ、ウバーに目をやる。さすがにばつが悪くなったようで、それ以上追求することはなかった。
「明朝、また来ます」
それだけ言って、ウバーは出て行った。
「ありがとうな、ダジリン。お前も、明朝に出直してくれるか。アッサムも」
頷いた二人は、大人しく退散することにした。いつでも自信に満ち、強さの象徴とも言える村長の、これまで見たことのない弱々しい姿を、これ以上見てはいられなかった。
赤ん坊の頃から知っている村の若者が出ていき、カーネルは複雑な心境を抱えたまま、魔王の向かいのソファーに腰かけた。
「時間はもらえたわけだが……。果たして、明朝までに悩みが解決するかねえ」
誰に言うでもなく、天井を仰いでぽつりとつぶやく。
今さっき出て行った、少年少女の真っすぐな生き方を、羨ましく思った。人生経験という経験値を積んで人はでかくなる、といえば聞こえはいいが、身動きができなくなるような責任や生きづらさを抱えることにも繋がる。自由に生きてきたはずが、そのせいで不自由になっている。これが理解できるのは、大人になってしまってからだ。こんなことを言えば、子ども扱いするな、と反論されてしまうだろうが、歳を食って初めて理解できることが、世の中にはあるのだ。
「悩むだなんて、らしくないじゃない」
驚いて俯いていた顔をばっと上げると、横になったままの彼女と目が合った。
「目覚めていたのか」
「ええ。アタシは、一日の三分の一を無駄にするような睡眠は取らないのよ」
随分前にアッサムに言った言葉を、相手を変えて反復した。ため息交じりの苦笑を漏らし、カーネルは再び俯いた。
「やはり……お前なんだな、ディメル」
「久しぶり、と言っていいのかしらね。難しいところだわ」
起き上がり、姿勢を正す。シルエットだけを見れば、村長の秘書が、向かいに座る村長に明日の予定を確認しているような印象を受ける。
「魔王を治療するなんて、優しい教育してるのね」
「治療してくれと頼んだのは、アッサムだ。父親の教育が良かったんだろう」
「そう」
短く返答し、彼女は立ち上がる。
「どこへ……」
「魔王が村にいるなんて知れたら、いろいろとまずいでしょう? アタシは森に戻るわ」
「お前があれほどの傷を負う相手に、また挑むつもりかい」
「ご心配なく。しばらくは森から出るつもりはないわ。今回も、様子を見るだけのつもりだったもの」
「最後にひとつ教えてくれ。お前は、やはりあの時に――」
肯定とも否定とも分からない目線を送り、彼女は消えていった。
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