第4章 第5話

 明朝。約束通りカーネル家に集まった関係者四人が、ソファーに座って顔を突き合わせていた。魔王が夜中のうちに村を出たことは、既に共有していた。ウバーは、みすみす逃がしたことに苦言を呈したが、すぐに黙った。


 目を覚まして村で暴れる可能性や、村人に目撃される可能性を危惧していたのは、他でもないウバーだ。その懸念がなくなった以上、目下の課題は解決した。そう指摘されては、ぐうの音も出ない。


 取り急ぎ危険性の低い魔王の所在については置いておき、カーネルの話を聞くことになった。カーネルの向かい側に座る同齢三人が、背筋を伸ばす。


「俺と、アッサムの父親のメイージは、若い頃は一緒のパーティを組んで、世界を回っていた。自慢したいわけじゃないが、俺達は首都でもそれなりに名の通る剣士だった。そんな俺達がこのヴィラベリオの村に腰をえたのが、今から二十三年前だ。この近くに魔王の根城があるという噂を耳にしたからだ」


 平和そのものだった生まれ故郷の村の近くに、そんな噂があるとは露知つゆしらず、彼らにとっては青天せいてん霹靂へきれきだった。だが、信じられないとは思わなかった。アッサムが何度も魔王に会い、この家に運び込み、魔王の姿をここにいる全員が目撃したのだから。


「俺達は村を拠点に森の中や山の中を探し回ったが、奴はなかなか尻尾を出さなかった。噂を聞きつけた腕利きの剣士や魔法使いがこぞってやってきたが、結果は同じ。三年が過ぎた頃には、噂はデマだと言って、奴らは他へ行っちまった。最後に残ったのは、俺とメイージだけだったよ」


 そこで言葉を切り、カップの紅茶を一口すする。アッサムは無意識にミラーリングして、自分に出された紅茶で喉を潤した。


「それからさらに二年が経って、俺達も諦めてよそへ移ろうかと考えていた頃だ。ある一人の魔法使いの女がやってきた。つり目で口の悪い、だが芯のある、強い女だった。メイージの奴、そいつに一目惚れしちまってなあ。玉砕覚悟でプロポーズしやがった」


「まあ、大胆ね。それで、結果はどうなったの?」


 いわゆるコイバナになり、ダジリンが目を輝かせて尋ねた。


「三年後――いまから十五年前に、その女が産んだのがアッサムだ、って言えば、結果は分かるな?」


 ダジリンがさらに目を輝かせた。魔王に関わる話だというのに、年頃の少女の素が出てしまっている。アッサムも、集中しなければいけないと分かっているが、物心ついたときには既にいなかった母親の話が登場して、そちらに気を持っていかれてしまいそうだ。ウバーは「その話が、魔王とどう関係が?」とでも言いたげだ。


「まあ、そうあせるな。無関係な話は一切していない」


 飲み込んだはずの問いを読まれた上に反論され、心を見透かされたウバーはばつが悪そうに目を逸らした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る