もやしと豆苗は同じ豆から作れます

第5話 

 人は時間を置くと冷静になる。異世界転移も、最初は見慣れぬ景色にはしゃいだり喜んだりすることもあろう。

 だが時間を置いて冷静になると、色々な問題が見えてくる。

 食料問題、外敵問題、自分は元の世界に帰れるのか問題、等等。


 異世界転移からはや1日。

 何者かによって、薄暗いダンジョンに閉じ込められた豆太郎が思うのは。


「おーし、緑豆ができた。くくく……、もやし増量計画を始めるぞ! せっかくだし豆苗も栽培しよう。もやしと豆苗のコラボレーションはマジでうまいからなあ」


 やっぱりもやしに関することだった。



 □■□■□■



「余裕じゃねえか!」


 魔人ソーハは床ドンした。

 紫の髪と目をした、12歳くらいの幼い少年。彼こそが豆太郎を異世界に引きり込んだ張本人で、このダンジョンの主でもある。

 彼は豆太郎がいるダンジョンの1階奥で、水晶玉を通して豆太郎を観察していた。


 ソーハの遊びは、ダンジョンに人間を召喚し、人々の恐怖に歪んだ顔を見て笑うというなんとも悪趣味なものだ。そうして昨日豆太郎を召喚した。

 けれど彼は怯えるどころか豆を育て始めた。

 挙句、自分がけしかけたヤギの魔物を飼育する始末である。どうしてこうなった。


 ソーハはこの悪趣味な遊びの一環として、今まで連れてきた人間イケニエが「なんという言葉を多く喋るか」をずっと数えていた。

 今のところ総合1位が「助けて」、2位が「死にたくない」だった。

 ところが今回連れてきた人間は、助けを乞う言葉を1回も口にしていない。それどころか「もやし」を連呼している。

 このままでは総合1位が「もやし」に塗り替えられてしまう。大体もやしってなんだ。


 ソーハはぎりぎりと歯軋はぎしりし、自身の寝床にかかっている覆い幕を睨んだ。その覆い幕の先には、昨日「とりあえず一晩寝かせれば、あの男の態度が変わるかもしれませんよ」と自分に進言した部下がいるからだ。


「レンティル! あいつ全然変わらないぞ! このままでは俺のダンジョンで家庭菜園が始まってしまう!」


 実際はもう始まっているのだが。


「まあ、それはおもしろ……、こほん。困りましたね」


 覆い幕の向こうから、レンティルと呼ばれた従者がひょっこりと顔を出した。

 眼鏡のよく似合う理知的な彼女は、長い髪を一房かきあげ耳にかけた。


「昨日ダンジョンに侵入した男が、生活用品や携帯食料を置いていったせいかもしれませんね。まだ生活に余裕があるんでしょう」


 ダンジョンに侵入した男の名はエルプセという。

 冒険者である彼はいつ何時も野宿できるように、携帯できる生活用品や食料を常備していた。

 昨日偶然このダンジョンに入って豆太郎と出会い、ここに残ると言った豆太郎にそれを残していったのである。


 レンティルは自分用の水晶玉を取り出した。その中には豆太郎が映っている。

 豆太郎はビッグホーンと呼ばれる魔物の横に座っていた。

 ビッグホーン。稲妻にも似た巨大なツノを持つ偶蹄類ぐうているいの魔物。一言でいえば火をまとったヤギである。


 豆太郎はビッグホーンの足の間に鍋を置いた。そして、ビッグホーンの丸く垂れたお腹の下に手をいれて、おもむろに乳しぼりを始めた。

 この時点でソーハはあごが外れるほど口を開いて絶句していた。

 いくらヤギに似ているとはいえ、普通昨日襲ってきた魔物の乳を絞る? という感情を表現した顔である。


 豆太郎はしがないサラリーマン。乳しぼりは昔牧場の体験コーナーでやったきりだった。そのため、ビッグホーンの乳しぼりも困難を極めた。

 出る乳は九州の麺のごとく細く、なかなか絞りきれない。水晶の中の豆太郎はうんうんうなって苦戦している。

 やっとこさ搾乳 さくにゅうが終わった頃には、すっかり疲弊ひへいしていた。

 ソーハとレンティル、2つの水晶玉に映るのは、疲れた顔で腰をトントンする豆太郎。


「ご覧くださいソーハ様。やつの苦痛に歪む顔を。妙な姿勢で乳を絞っていたせいで腰にきたのでしょう」

「俺が見たいのはそういうのじゃなーい!」


 ソーハは地団駄を踏んで喚いた。歯軋りをすると「歯がすり減ってしまいますよ」とお小言を受けた。


「ええい、見てろよ。さっそく魔物を召喚して」

「お待ちください、ソーハ様」


 豆太郎も裸足で逃げ出す魔物を召喚しようと張り切るソーハに、ストップがかかった。


「なんだ、レンティル」

「この豆太郎という人間、中々手強いです。単純に魔物を召喚するのではなく、別のアプローチを仕掛けてみませんか? 数日観察して、作戦を練ってみましょう」

「ええ、めんどくさい」

「そうおっしゃらずに。ソーハ様ほど聡明そうめいで強いお人なら、千通り、いえ、万の作戦が決行できるはずです。ここは1度、じっくり作戦を練ってみませんか?」


 レンティルに褒めちぎられ、ソーハは満更でもなかった。


「そ、聡明か。うん、そうだな。よし、聡明な俺は、少し作戦を見直してみることにしよう」


 レンティルのよいしょは大成功した。


「さすがですわ、ソーハ様」


 これでしばらくは楽ができると、仕事のできる彼女は喜んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る