第66話


 さて。

 話は少々切り替わるが、豆太郎の異世界生活はいろんな人に助けられて成り立っている。

 そのうちの1人が、レグーミネロという女の子だ。

 お金のために強欲商人ベンネル・メメヤードに嫁がされた彼女だったが、それなりに新婚生活を満喫まんきつしている。今では夫のもとで、商売の勉強を重ねている日々だ。


「旦那さま、失礼します」


 レグーミネロは1冊の分厚い本を抱え、夫ベンネルの書斎に入る。


「先日借りた本を返しに……、あら」


 ベンネルは書斎の隅にたたずんでいた。その穏やかな眼差しは、角に置かれた陶器に一心にそそがれている。

 黒を基調とした陶器は、ところどころ金をまぶしたかのように煌めいている。まるで夜空を切り取ったかのように上品な美しさを秘めていた。

 これは「星の土」と呼ばれる土を元に作られた陶器だ。

 星の土は希少価値が高く貴族の間でも人気があった。だが、それも昔の話。

 この土が採れる土地や山がいくつも発見されてからというもの、星の土を使った陶芸品は、すっかり下火になってしまった。

 つまり貴族を主な顧客としているベンネルにとっても、あまり価値のある品とは言い難いはずなのだが。


「旦那様、『陶工スオーロ』の作品が本当にお好きですね」

「まあな」


 ベンネル・メメヤードの声はちょっと弾んでいた。

 商人にとってはあまり価値のないはずの陶器をうっとりと見つめる。


「陶芸師スオーロの星の壺。星の土は下手な職人が作れば、ただの真っ黒い陶器になってしまう。それをこれほど上品で美しく焼き上げられる職人はそうそういない」


 嫌味なく他者を褒めそやすベンネルを、レグーミネロは珍しそうに眺めた。

 ベンネルはいかにも商人らしい性格だ。利益第一、最優先。

 だから彼の思考は基本的に「客が気にいるかどうか」に左右される。

 そんなベンネルが、世間での相場を気にせず評価するというのは、大変珍しいことであった。


「そんなにお好きなら、スオーロさんにオーダーメイドしてみてはいかがです?」

「……それができたらな」


 ベンネルは表情を曇らせた。


「元々彼の作品数は少なく、俺が彼の作品を見つけた頃には、すでに街から姿を消していた。星の土の価値が暴落してしまったことにショックを受けたという話だ。はあ……、もっと早く見つけていれば」


 がっくりと肩を落とすベンネル。その背中をぽんぽん叩きながらレグーミネロは励ました。


「まあまあ。こうして彼の作品を集めていたら、いずれ情報が入ってくるかもしれませんよ」



 □■□■□■



 一方その頃の豆太郎達。

 高級食材探しのための登山で、3人はさっそくモンスターと出会っていた。

 相手はアース・ゴーレム。土を体にして動く魔物だ。

 こんぼうのような太い腕と胴体。その下に短い足らしきものがついている。

 豆太郎は、ダンジョンでストーン・ゴーレムという亜種を見たことがある。

 そのゴーレムはみかん色のレンガを積み立てて動いていた。対して、目の前にいるアース・ゴーレムは真っ黒い体で粘土をこねてつくったような形だった。


「なんかやたら黒いな、あいつ」

「この辺の土の影響だと思うよ。確か、ここは『星の土』っていう原土が採れる山だから」


 リンゼが両手で杖を構えながら説明した。


「それよりししょー。魔人の子。下がってて。戦闘開始だっ」


 臨戦態勢に入ったリンゼの背中を見て、豆太郎はふと疑問が生まれた。

 ゴーレムがこちらに向かってくる。射程距離に入る前に慌てて叫んだ。


「リンゼ! お前、戦えるのか!?」


 リンゼはその身に魔物を宿すことで強力な魔法を使えていた。だがその魔物は今、ソーハのリュックの中に隠れている。

 つまりリンゼの戦闘力は、水の勇者時代よりかなり落ちているはずだ。

 だがリンゼは杖を両手で握り、自信たっぷりに頷いた。


「心配はいらない、ししょー。水の魔法はもう使えないが、私にはこの杖がある」


 どんどんゴーレムが近づいてきた。近くで見ると、アース・ゴーレムはリンゼの倍ほどの背丈があり、より迫力がある。

 リンゼは両脚で大きくジャンプして、両手で握った杖を振りかぶった。


「とおっ!」


 ゴーレムに向かってフルスイングが決まる。


「物理!」


 予想しなかった攻撃に、思わず豆太郎は叫んだ。

 リンゼの一撃はゴーレムの頭部に打ち込まれた。しかし、華奢きゃしゃな腕で叩き込む一撃にさほど効果はないだろう。豆太郎はそう考えた。

 だがしかし。そんな豆太郎の考えとは裏腹に、ゴーレムの体がぐらりとゆらめいた。


「うそおっ!?」


 リンゼがひゅん、と杖を回転させた。


「私の魔法は、魔物を内に飼っていた時に比べれば微々たるものだ。だけど、工夫の使用はある」


 リンゼが地を蹴り、ゴーレムの間合いに踏み込んだ。

 傍観していたソーハは、2撃目にしてリンゼの戦法に気づく。

 振りかぶった杖から小さな水球が生まれ、ゴーレムに当たる瞬間に爆発する。ゴーレムは爆風の衝撃でよろめいていたのだ。

 最小の攻撃で、確実に相手の態勢を崩していく。冒険者だけあって戦い慣れている。

 ちなみに動体視力が追い付いていない中年おじさんの豆太郎は、その戦法をまったく理解できておらず、ただリンゼがゴーレムをタコ殴りにしているように見えている。


「とどめだ!」


 リンゼが真正面から放った水球がクリティカルヒット。

 ゴーレムがよろめき地面に倒れた。

 杖をあげて勝利のポーズをとるリンゼに、豆太郎が拍手を送る。


「つえーな、リンゼ」

「ザオボーネに比べればまだまだだ。さ、先に進もう」


 一行が進もうとしたとき、どこからか激しい物音がした。

 近くに何か潜んでいる。

 どうやら戦闘はまだ終わっていないようだ。


「むっ! そこだ!」


 リンゼが杖を振るって、茂みの先に無数の水球を飛ばした。


「ギィィィ!」


 水球が命中したのか、獣の悲鳴が次々聞こえてくる。


「ギィィィ!」

「グルルル!」

「ぎゃーっ!」

「グルォォ!」


 4つの悲鳴と共に、茂みの奥が静かになった。

 豆太郎達もちょっとだけ静かになった。


「……さて、先を急ごうか」

「今人間の悲鳴混ざってたよな!?」


 豆太郎は慌てて、静かになった茂みの向こうに飛び込んだ。

 茂みの向こうは死屍累々ししるいるいだ。水球の直撃を受け気絶した魔物たち。

 そしてその中に、びしょぬれで気絶した男性が1人。


「うわーっ、大丈夫か!」


 豆太郎は慌てふためきながら布を取り出し、男性の顔を拭く。


「大丈夫、ししょー。加減はした、死にはしない」

「加減の前に当てないようにしような、リンゼ」


 男性がうめきながらゆっくりと目を開けた。

 年は20代前半といったところか。悩み事でもあるのか、目の下のクマがひどい。

 髭は綺麗に剃っており、髪も水でびしゃびしゃだが整っている。遭難者ではなさそうだ。


「な、なんなんですか……」

「悪い、大丈夫か? 魔物に攻撃を当てようとして失敗した(ということにした)」

「あ、はあ……? それは、どうも……?」

「どういたしまして、立てるか」


 差し出された手を男がつかむ。

 指が触れた時の厚い皮膚の感触。豆太郎は思わず「職人さん?」と尋ねた。

 男性はぎくりとした様子で視線を逸らす。


「どうしてそう思うんですか」

「ああ悪い、詮索せんさくしたいわけじゃなくて。なんとなく、手が、そうかなって」

「……昔、少し」


 それだけ言うと男は立ち上がり、山の少し上の方を指さした。


「ここから先に山小屋があります。助けてくれたお礼に、お茶くらいなら出せますが」

「おっ、サンキュー。俺は育田豆太郎だ、よろしくな」


 今日は名刺はないので、片手をあげてフランクに挨拶する。


「リンゼです」

「ソーハ」


 それぞれに名前を伝えられ、男性はおそるおそると言った様子で名乗り返した。


「……スオーロ、です」


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