第65話
ソイビンの街外れの小さな山。
冒険者が
そのためこの山は年に数回、有志の冒険者が魔物を掃討した後、街の人が行楽するのが一般的になっている。
今はその行楽シーズン外。魔物もそこそこ出るが、登山家も少ない時期だ。
茂った緑、鳥のさえずり。マイナスイオンあふれる山を登り始めて早3時間。
「コヒューッ、コヒューッ」
豆太郎が早くも戦闘不能になりかけていた。
ヒューヒューとかろうじて息をする豆太郎に、リンゼが慌てて水を飲ませている。
「す、すまない、ししょー。まさかししょーがそんなに体力がないとは。ザオボーネと同じくらいの年齢で、ここまで体力に差があるとは思わなかった」
「俺こそごめんな、ぜんぜん運動の習慣がないだらしないおじさんで……」
朝の柔軟体操だけでは、若者の体力についていけなかった。
明日の筋肉痛がもう怖い。そもそも明日ちゃんと筋肉痛がくるかどうかも謎だ。歳を取ると筋肉痛がやってくるのがどんどん遅くなる。
「けっこう、ヒュー、登ったよな、コヒュー」
「ああ、あと1日半くらいで頂上だぞ」
「コヒューッ!」
豆太郎は絶望した。
1日半。この運動をあと1日半。
「リンゼ、ソーハ。俺の屍を超えていけ……」
「大丈夫だよ、ししょー。頂上まで登らなくても、きのこもお芋も採れるから」
リンゼはよっこいしょと立ち上がった。
「ここでしばらく休もう。私はあたりを見てくる。魔人の子、ししょーの介護を頼む」
リンゼは身軽に足場の悪い山の中を跳んでいく。ソーハは「魔人に介護を頼むな」と思いながら見送った。
魔人であるソーハは人より丈夫だ。腕組をして豆太郎を見下ろした。
「まったくだらしないな、マメタロー。そんなんでよく、俺に貢ぎ物を献上できると思ったものだ」
「ははは。若い頃はハイキングに行ったりもしてたんだけどなー」
ソーハはやれやれと背中のリュックサックを下ろした。
「仕方ないから、貧弱な貴様に
「おっ、やった」
ソーハがリュックの蓋を開け、豆太郎とともにのぞきこむ。
そして。
「きゅっ!」
「よっ!」と言わんばかりに鳴いた小さい龍と目が合った。
「…………」
ソーハは無言でリュックのふたを閉めた。
ややあって、もう一度開く。
「きゅっ!」
やっぱり龍がいる。
よく見ると龍の口元に食べかすが付いている。
「あっ! こいつ、俺のおやつを盗み食いしたな!」
「いや、その前になんで連れてきたんだ」
「俺じゃない!!」
2人が慌てているのには理由がある。
実はこの魔物は、先日までリンゼの体内に住み着き彼女を苦しめていた張本人(もとい龍)なのだ。
本来なら殺されるはずだったところ、ソーハがこっそり
それには理由がある。元々こうなったのは、リンゼの住んでいた村の欲深い人間たちが、リンゼに魔物を飲ませて彼女の魔力を強めようとしたせいだった。
魔物の龍は自分を閉じ込めた
人間のリンゼは魔物を解毒の水で弱らせ自分もろとも殺そうとした。
リンゼも龍も同様に被害者であり、助けるなら両方助けるべきだ、というのがソーハの言い分だ。そして豆太郎はそれに賛同した。
とはいえ、だ。龍が生きていることは、リンゼやその仲間たちには知らせていない。
経緯がどうであろうとこの魔物が原因でリンゼが死にかけていたことは事実だ。
自分・もしくは大切な仲間を殺しかけた元凶が、こんな能天気な姿でうろついているという事実を知れば、どう思うか。
「どうすんだ、これ。リンゼに見られたらまずいぞ」
ソーハはリュックを抱えて、じろりと豆太郎を見る。
「お前この間、どーにかなるって言ってたくせに」
「いや、言ったけども。いきなりこんな事態になるとは思わないって」
豆太郎としては、少しずつ段階を踏んでリンゼやその仲間たちを説得しようと思っていたのだ。
まだご対面には早すぎる。
「とりあえず、今回はリンゼにバレないようにしようぜ」
ソーハは龍の両脇を抱えて目線を合わせた。
「お前、バレないようにちゃんと隠れているんだぞ。いいな」
「きゅー」
「しょうがないな」と言わんばかりに龍が首を振り、それから頷いた。
「おーい! 2人とも」
「っ! 隠れろ!」
遠くから聞こえたリンゼの呼び声に、龍がしゅぽんとリュックの中に隠れた。
「よ、ようリンゼ。早かった……」
ごまかしの笑顔を貼り付けてリンゼに手を振ろうとした豆太郎は、その態勢で固まった。何故なら走ってきたリンゼの背後には、大量の魔物がついてきていたからだ。
「早速だけど戦闘だ! ししょーは木陰に隠れてて!」
「うわああああ」
ピクニックは慌ただしく続いていく。
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