第67話


 陶工スオーロ。

 彼は星の土に、並々ならぬこだわりを持っていた。

 星の土。真っ黒いその土は、焼き方によって千差万別の夜空を描く。

 若き日のスオーロはその土の夜空に魅せられた。

 高級な星の土を苦心して手に入れ、何度も失敗を繰り返しながら、ようやっと貴族も認めるような陶器を作れるようになった。


 ところが星の土が大量に採掘されると、貴族たちの興味はあっさり失われてしまった。

 星の土で作る陶器は「ただの真っ黒い器」として認識され、市場価値はどんどん下がってしまった。


 スオーロは悲しかった。星の土の美しさは何一つ変わっていないはずなのに、どんどん価値が下がっていく。

 市場で叩き売りされている星の土でできた食器。そんなもの見たくなかった。だから彼は世捨て人になり、山で隠遁いんとん生活を始めたのだ。


「ここです」

「お邪魔し……おー」


 スオーロに案内された山小屋に入り、豆太郎は思わず声を上げた。

 壁一面に並べられた陶器、陶器、陶器。

 これだけの陶器を作っているのだ、そうとう長い間、山に住んでいるのだろう。

 ソーハは陶器の壁をぐるりと見回して、スオーロに向き直る。


「お前、魔物はどうしているんだ、襲われないのか?」


 スオーロは自分の洋服を指差した。動きやすい上下に、金糸雀カナリア色のケープをまとっている。


「魔物避けです。強い魔物には効かなかいんですが、この山ならこれで充分です」

「へえー。……ということはさっきの魔物も……」

「……えーと、まあ、襲われる心配はありませんでした。私に近づこうと周りをうろついてはいましたが」


 若干気まずい空気があたりに満ちる。リンゼは大きく咳払いした。


「こ、こほん。私はこのあたりの魔物を一掃してこよう。今は掃討期間でもなく、魔物が多い時期だ。いくら魔物よけがあるとはいえ心配だろう。なに、遠慮はいらない」

「あ、はい。じゃあお言葉に甘えて」


 思い切り攻撃してしまった罪滅ぼしに、リンゼは再び魔物掃討に出向く。

 その背にソーハが一言声をかけた。


「加勢はいるか?」


 リンゼは思わず振り返った。

 表情の乏しいリンゼだが、驚いているのが分かる。目をまん丸にして、何度も瞬きをした。


「いや、心配はいらない。私だけで充分だ。すぐ戻る」


 スオーロはリンゼを見送りながら、お茶の用意を始める。待っている間、豆太郎とソーハは家中の陶器を見て回っていた。

 どれも星の土で作られている。どっしりとした黒の中に、ちかちかと光がきらめいていた。

 豆太郎は黒い大皿をじっと見て呟いた。


「星空みたいだな」

「そうか? 俺には真っ暗い部屋みたいに見える」


 ソーハの感想に、豆太郎はああなるほど、と納得した。ダンジョンに住む魔人にとって、星空は縁遠いものなのだろう。

 だんだん陶器を見るのに飽きてきたソーハは、どかっと座り込んだ。龍を隠したリュックを後ろに置いて一息つく。


「おい、マメタロー。なんか面白い話をしろ」

「無茶ぶるなあ」


 豆太郎もソーハの横に座った。

 スオーロはお茶を蒸しながら、そんな2人を「親子かなあ」と眺めている。


「そうだなあ。じゃあもやしの話なんだが」

「お前の知識の引き出しそこしかないのか」


 そう言いつつも、ソーハは大人しく聴く。


「今でこそ誰でも食べられるもやしだが、俺のいた国ではその昔、珍味として偉い人に献上されていたんだぜ」


 スオーロはその言葉を聞いて、やや動きを止めた。


「それが時代を経て商品として販売されるようになり、全国で栽培されるようになった」


 じっとその話に耳を傾ける。

「もやし」というのがなんなのかは分からないが、まるで星の土のようだと思ったのだ。


 豆太郎は快活に笑ってリュックからランチボックスを取り出した。


「おかげで今、俺たちはこうしてもやしを食べられる。いい時代だな。もやしは偉い人の献上品から、たくさんの人を笑顔にする庶民の味方になったわけだ。ということで、おやつ用に焼いてきたもやしのチーズせんべいを食べよう!」


 心底嬉しそうな豆太郎の顔。

 それを見て、スオーロに衝撃が走った。


(ああ……、僕はどうして気がつかなかったんだろう。貴族に認められるだけが価値じゃないってことに)


 市場にたくさん並べられた星の土の陶器。

 あれは、たくさんの人が星の土の陶器を手にできるようになった証なのだ。

 スオーロの頭に星の土の陶器を持ったたくさんの人の笑顔が浮かんだ。

 それは、とても幸せな風景だ。


「ふーん」

「なかなかおもしろい話だったろ?」


 ソーハは頬杖をついて適当に相づちを打った。

 そのとき、どこからか拍手が聞こえてきた。スオーロだ。

 彼はだあっと涙を流しながらスタンディングオベーションしている。


「素晴らしいお話でした……っ!」

「え、いや、そこまで……?」


 あまりに感動されて、逆に豆太郎がちょっと困惑した。



 □■□■□■



 3人はスオーロが感涙にむせびながら入れてくれたお茶を飲み、もやしせんべいと共に一服した。

 携行用に作られたもやしせんべい。焦げたチーズの風味と、カリカリとした食感。登山で汗をかいた体に塩気が美味い。

 さらにスオーロの茶で喉を潤して元気満タンだ。


「そうだ、マメタロさん。助けてもらったお礼もあるし、良かったら陶器の1つでも持って帰りませんか?」

「ええっ、いいのか?」


 助けたというより敵もろともやっつけた感じだったが、もらえるのなら遠慮なくいただこう。

 豆太郎は少し悩んで、大きな丸皿をもらうことにした。

 今回の登山の目的である、ソーハに貢ぐご馳走を載せるのにちょうどよさそうだ。


(いつもと違うおしゃれな皿に載せるっていうのも、料理の演出だよな)


 おしゃれな丸皿の上に載った料理を想像して満足げに頷く豆太郎。

 スオーロはソーハにも声をかけた。


「君も好きなのを選んでいいよ。リュックに入るサイズのコップなんてどうかな」

「いや、俺のリュックは」


 龍が隠れているから空きがない。

 そう心の中で呟いて、床に置いたリュックの方を見た。

 そして気づく。

 リュックが忽然こつぜんと消えていることに。


「…………っ!?」


 ソーハは目をひん剥きあたりを見回す。

 どこを見ても、真っ黒い陶器と床しか見えない。


「い、い、いない!!」

「えっ!?」


 龍がいない。

 リンゼは外。

 その事実に、2人の顔がさーっと青ざめた。

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