第63話
「貢ぎ物ねえ」
豆太郎は自分のねぐらに戻り、ぽりぽりと頭をかいた。
その正面にはリンゼが体育座りをしている。まだ住居権は獲得していないので、今日は一旦家に帰宅する予定だ。
リンゼも困ったように
「魔人が好むもの。人間の血と臓物と悲鳴くらいしか思いつかないよ」
「やめろやめろ」
そんなものを渡したら、ソーハのお目付け役のレンティルに絶対に怒られる。
ただでさえ最近「ソーハ様に揚げ物を食べさせ過ぎではありませんか」とか「ソーハ様の前で酔っぱらってはいけませんよ」とか厳しく指導されているのに。
「多分ソーハはそんなもの好きじゃないと思うぞ」
「そうなの? 魔人なのに?」
首を傾げるリンゼ。
表情が乏しいので分かりづらいが、多分本心で言っているのだろう。
「魔人は血や臓物を好むもの」だと本気で思っているのだ。
(それが、この世界の常識なのかねえ)
豆太郎は、リンゼのパーティのーリーダー、ザオボーネに会ったときのことを思い出す。
ザオボーネは優しく頼れる男だ。だがそんな彼が「魔人は敵だ」と言い放ち、問答無用で攻撃を仕掛けてきたことがある。
この世界の人間にとって、魔人の立ち位置とはそういうものなのだろう。
けれど、豆太郎がこの異世界に来て初めて出会った魔人はソーハだ。豆太郎にはソーハがそんな残忍な生き物とは思えなかった。レンティルだってそうだ。
豆太郎は魔人のことは知らない。
だから「魔人はそんな奴じゃない」と言っても信じてもらうことはできないだろう。
けれど「ソーハやレンティルがそんな奴じゃない」という言葉なら、堂々と言える。
豆太郎はふっと笑い、リンゼに優しく語りかけた。
「ああ、そうだ。ソーハは、臓物も血も好きじゃない」
2人への誤解や偏見を解くことが、今の自分にできること。
豆太郎はそう思いながら言葉を続ける。
「あいつが好きなのは、もやしだぜ」
「そうなんだ」
そうして新たな偏見を植え付ける豆太郎だった。
「そういえば、この前もやしピザをいっぱい食べてたね」
「だろう?」
リンゼの中で、ソーハ=もやし好き魔人という方程式が完成した。
ファシェン、エルプセに続き3人目である。
「ということで、俺たちの貢ぎ物の方針も決まった。ずばり、もやしだ」
「でも、ししょー。魔人の子は、もやし料理をすでに食べ尽くしているんじゃないの?」
「そうだな。俺としても、もやしだけでフルコースを作るのは厳しい。だから俺の世界にあったとっておきの料理を出す時だ」
豆太郎は本型のノートとペンを取り、なにやら書き始めた。そしてじゃん、とリンゼに見せる。
リンゼはそのイラストをじっくりと見つめた。
ハンバーグ、ナポリタンスパゲティ、フライドポテトにプリン(さくらんぼ付き)。さらにチキンライスの上には、日の丸の旗が立っている。
――そう、ファミレスに欠かせない定番メニュー「お子様ランチ」である!
「ししょー、これ、料理?」
「ああ。俺の世界では有名なごちそうでな。その名も」
お子様ランチ、と言おうとして言葉を止める。
「お子様」と名前がつくと、おませなソーハは意地を張って食べないかもしれない。
「……『選ばれし年齢の人が食べられるランチ』だ!」
「わあ、特別感ある」
リンゼと豆太郎はハイタッチした。
貢ぎ物の方針、大決定だ。
「とはいえ、これを全部作るのは無理だな。米ないし……、使う材料も、いつもより高級な食材や珍しいものを使いたいところではあるよな」
「それならししょー。ダンジョンの近くにある山で、山菜採りしない?」
「いいな、それ。俺たちが集めてきた材料ってことで、貢ぎ物らしさも上がる」
2人は設計図に次々と書き足していく。
「ならハンバーグは山の幸たっぷりきのこハンバーグにしよう」
「さつま芋や木の実も採れる。はちみつ漬け、美味しいよ。冒険中もよく食べた」
「いいねー。ならスイートポテトサラダもありだな。あとはもやしをどの料理にいれるか……」
「もやしは絶対なんだね」
「絶対だぜ」
そうして、2人の「選ばれし年齢の人が食べられるランチ」のメニュー表が完成した。
・きのこハンバーグ
・もやしナポリタン
・もやしの豚肉巻き
・さつま芋とナッツのスイーツポテトサラダ
・プリン(ちょっと豪華に)
メニュー表を見て、豆太郎は満足げに頷いた。
「じゃあ、さっそく明日山登りするか」
「ししょー、それなら、私に任せてほしい」
リンゼは自信ありげに胸を叩いた。
「冒険者という職業柄、山登りなら得意だ。食べられるきのこも分かる」
「頼もしいぜ、リンゼ」
「任せてくれ、山中の美味しいきのこを食べ尽くしてみせる。じゅるり」
「ちゃんとソーハの分を残すんだぞ、リンゼ」
食欲旺盛なこの娘をガイドにしていいのか、ちょっと不安になる豆太郎だった。
「よーし、それじゃあ早速明日、食材探しに出発だ!」
「はいっ、ししょー!」
2人はえいえいおう、と元気よく拳を突き出した。
□■□■□■
そんな豆太郎とリンゼの様子を水晶玉を通してのぞいている人物がいた。
眼鏡をかけた知的な女性。長い髪と目の色から、魔人であるとひと目で分かる。
ソーハのお目付け役、レンティルだった。
「レンティル、どうかしたのか?」
後ろからソーハが声を掛けてきた。寝巻に着替えて寝る準備は万端だ。
レンティルはソーハがまたもやし魔人呼ばわりされていることを言うべきか迷ったが、言わないことにした。寝る前に怒って興奮するのはよくない。
「いいえ、何も。マメタロウ様たちは、明日ソーハ様のために山登りをするそうですよ」
「山登り」
「ええ、珍しい食材を手に入れるためだとか」
「……ふーん」
ソーハがそわそわした様子で目線を逸らした。
レンティルはその顔に見覚えがあった。
(あ。これは、私が初めて「ダンジョンの外に買い物に行く」と行った時と同じ顔ですね)
だとすると、次の言葉は決まっている。
ソーハはレンティルを見上げて、目を輝かせてこう言った。
「なあ、レンティル」
レンティルの予想通りの言葉を。
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