第4話

 

「すごかったな、エルプセー!」

「いえ、俺なんてまだまだっす」


 エルプセの両手には2本の稲妻の形のツノが握られている。ビッグホーンのツノだ。

 エルプセは自分の手をかざし、炎を生み出した。

 混じり気の無い赤い炎があっという間にツノに吸い込まれていく。彼は炎を溜め込んだツノを、2の頭にすぽんと返した。

 ツノは切断面などなかったかのごとく、綺麗にビッグホーンの頭に収まった。


「あの攻撃で、ビッグホーンのツノだけを切っちまうんだもんな」

「ビッグホーンは、炎を糧に生きる魔物っす。だから強い炎を与える者には従う習性がある。俺の炎をがっつり食わせましたから、半年くらいは大人しく言うことを聞きますよ」


 豆太郎は大人しくなったビッグホーンの長い体毛を撫でる。相変わらず炎をまとってはいるが、不思議と熱くはなかった。


「半年だな、分かった。気をつけるぜ。ちゃんとこいつの食事を考えないとな」

「はい。……って、半年後もここにいるつもりっすか?」

「ん? まあ、そうだな。エルプセのおかげで、火も確保できたし。とりあえずしばらくは、ここでのんびりもやし栽培かな」

「ふ、ははっ」


 あまりの能天気さに、エルプセは呆れを通り越して笑いが込み上げてきた。

 心の中に溜まっていた迷いや悩みはどこかに消えてしまっていた。


「マメタローさん。俺そろそろ帰ります」

「お、行くのか」

「ええ。勝手にいなくなったこと、仲間に怒られてきます」


 入り口へと歩き始めたエルプセは、足を止めた。


「またここへ来てもいいっすか」

「おう、いいぞ。次こそもやし料理をご馳走してやる」


 エルプセは振り返って笑う。

 その笑顔はダンジョンにやってきた時とは違う、晴れやかな笑顔だった。


「──楽しみっす」



 □■□■□■



 エルプセはダンジョンから出て、久しぶりの日光に目を細めた。


「エルプセ」


 涼やかな声に振り向くと、杖を持った美しい女性が佇んでいた。

 美しいが冷たくも感じるその表情からは、なんの感情も読み取れない。


「リンゼ……」


 彼女はエルプセのパーティーの仲間の1人、リンゼだ。

 エルプセはリンゼの髪を見つめた。

 彼女の肩口で揺れる青い髪。ほんの数日前までは腰までとどく長い髪だった。

 ……エルプセが炎の制御に失敗し、彼女の髪を燃やし尽くすまでは。

 他の仲間たちの火傷は、回復魔法と薬で治すことができた。けれど、彼女の髪は戻らない。

 エルプセが言葉に詰まった瞬間。

 リンゼの杖の見事なフルスイングが、エルプセの頬に直撃した。


「ぐぇぶっ」


 エルプセは間抜けなうめき声と共に地面に倒れた。

 なんとか身を起こし、そしてリンゼを見上げて動きを止めた。

 変わらず無表情な彼女。

 だけど彼女の両手は、固く固く杖を握りしめていた。


「心配……した」


 その一言に込められた想いに、エルプセは自分の馬鹿さを知る。


「……ごめん。ほんとごめん。俺、勝手なことばっかりで」


 エルプセは立ち上がり、リンゼの瞳をまっすぐに見つめる。


「俺はもう2度と力を暴走させたりしない。だから、また、お前たちと一緒に行っていいか」


 リンゼの無感情な瞳に、少しだけ驚きの色が浮かぶ。

 そして、彼女はほんの少しだけ目元を緩ませた。

 長い間共に旅をしたエルプセでなければ気付かない、彼女にとっては最大限の笑顔。


「馬鹿。大馬鹿。当たり前」


 エルプセは笑った。


「じゃ、帰るか! 2人にもどつかれなきゃなー」

「うん。歯の数本、あばらの数本、丸坊主くらいは覚悟した方がいい」

「そんなに失う?」


 リンゼは横を歩くエルプセをちらりと見て、進行方向に視線を戻した。


「エルプセ、少し変わったね」

「ん。ある人にいいことを教えてもらったからな」


 エルプセは空を見上げて思い出す。

 ダンジョンで出会った1人の偉大な男のことを。

 初めて聞いた野菜の名を。


「もやしは火を通さないと食べられないってな」

「……なんの話?」



 □■□■□■



 1人の青年が、色々とふっきれて自分の道を歩み出した頃。


「だあぁぁぁっ! なんっでだあああ!」


 魔人ソーハはばったんばったんと暴れ回っていた。

 魔物をけしかけたら、怯えるどころか家畜にされてしまった。

 レンティルは揺れる覆い幕を眺めながら頬に手を当てた。


「驚きましたね。ビッグホーンを手懐けるとは思いませんでした」


 ビッグホーンは強い炎を与える者に従う。

 エルプセの言ったことはは正しい。だが生半可な炎でかの魔物を従えることは出来ない。それこそ指折りの魔術師が、10人がかりで生み出す炎でやっと、というところだ。

 それをあの青年は、たった1人でやってのけた。


「まさか、こんなところでお目にかかるとは思いませんでした。1、エルプセ・フレイムに」


 そう、もやし大好き豆太郎が異世界にて初邂逅かいこうを果たした男は、実は結構すごい人だったりした。

 もちろん彼は知るよしもないが。


「ぐうあああ!」


 ソーハが暴れすぎたせいで、覆い幕がばさりと落ちてきた。レンティルは覆い幕を拾って、幕の向こうから姿を現した主人の姿を見つめる。

 ダンジョンを作り、異世界から人間を召喚する力を持った恐るべき魔人。

 1姿を。

 レンティルは小さくため息をついて覆い幕を直してあげた。それから暴れるソーハの背中をぽんぽんと叩く。


「ソーハ様。そろそろ水晶玉を見るのをやめましょう。2時間見たら15分休憩するお約束ですよ」

「ええい、子ども扱いするなー!」


 わめくソーハから水晶玉が取り上げられた。

 ソーハは悔しそうにレンティルの手の中の水晶玉に映る豆太郎を睨みつけた。


「この程度で調子にのるなよ、異世界人! 次こそお前を、恐怖と混沌の渦に落とし込んでやるからなーっ!」


 ソーハの捨て台詞が、洞窟内に反響したのだった。



 □■□■□■



 さて。

 舞台はダンジョン。

 わずかな光と水と土。

 そこにあるのは恐怖だけ。

 そんな場所に豆の種を持って召喚された男、豆太郎。


「さて! あと5日もすれば、もやしが出来上がるぞ! エルプセが携帯食料も置いて行ってくれたし、余裕だな。しかも香辛料まで置いていってくれて。あ、日光があるから豆苗も作れるな。豆苗ともやしの塩胡椒炒め……無敵だな……」


 これはもやしのことしか考えていない男が、なんやかんやと知らないうちに人を救ったり魔人を救ったり、ダンジョンの主と勘違いされちゃったりする物語である。

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