第3話
「信じらんねえ。なんでビッグホーンがこんなダンジョンの初層にいるんすか」
エルプセは額に汗を浮かべた。剣を構え、ビッグホーンから決して目を離さず、絶えず隙を
「強いのか、あの魔物?」
「めちゃくちゃ強えですよ、あの火が出てるツノ、見てください。あれは
「そんな……」
豆太郎が
ビッグホーンの強さを知って絶望したのだろう。
そしてそれはエルプセも同じだった。
(俺1人じゃ相当キツイ。ましてやマメタローさんを守りながら戦うなんて無理だ。くそ、勝手な行動をとってこんな危機に
エルプセが自己嫌悪に陥っていた横で、震えていた豆太郎が目を輝かせた。
「それじゃああいつのツノがあれば、向こう1年はもやしが炒め放題、食べ放題!?」
「何を言ってんすかアンタ!?」
エルプセが思わずツッコむと同時に、ビッグホーンが体の炎を燃え上がらせた。
炎の波が地面をつたい、2人の元まで押し寄せる。
「おおおっ!」
エルプセの雄叫びと共に、彼の剣が火を切り裂いた。切り裂かれた炎の波は2人のいる場所を避けて後ろで
だがこの避け方では、あっという間に追いつめられてしまうだろう。エルプセは汗を拭い歯噛みした。
(クソ、せめて自分が炎を制御できれば)
心臓がどくどくと脈打ち、あの日のことを思い出す。
自分の未熟さが仲間達を傷つけた光景を。
後悔と自責と嫌悪。
エルプセがさまざまな感情の波にもみくちゃにされているそんなとき。
「エルプセ! 俺に何か手伝えることある!?」
なぜか役立たずのおじさんが、ものすごい気合いを入れていた。
「マメタローさん……!?」
豆太郎はスープを飲み空になった容器に、ささっと滝の水を汲んだ。
「炎といえば水だよな。幸い後ろは滝だ。エルプセが攻撃を防いだ
「いやあんたごと蒸発しますよっ!?」
焼石に水とはまさにこのことである。
というか、このおっさんはなぜ戦う気満々なのか。
突然異世界から召喚された、無力な男のはずなのに。
「あんた、怖くないんすか?」
「いや、そりゃ怖いけどさ。あのツノがあれば火がつけ放題なんだろ?」
豆太郎の力強い眼差しは、先ほどまでへらへらしていた男とは別人のようだ。
その気迫にエルプセは思わず1歩後ずさる。
そして豆太郎は拳を握り、凛とした声でこう言った。
「もやしはな、火を通さないと食べられないんだ」
「──は?」
エルプセは自分の耳を疑った。
絶対絶命のこの事態にもやしって聞こえた気がした。
しかし豆太郎の熱弁はまだまだ続く。
「万能のもやしだが、発芽野菜である以上食中毒の危険性はある。だからもやしを食べるためには
豆太郎は「かっ!」と目を見開いた。
「快適な無限もやし生活空間のためにもっ、俺には火が必要なんだ!!!」
言い切った豆太郎を呆然と見つめるエルプセ。
彼には豆太郎の思考が分からなかった。何故なら彼はもやし好きではなかったからだ。
(この人は何を言ってんだ? こんな命の危機にもやしの話なんか……)
そこでエルプセは「はっ」とした。
(いや、こんな大変な時に、食べ物の話をする人なんていねえ。この人は何か別のことを伝えようとしているんじゃ)
エルプセの脳裏に先ほどまでの自分の言葉が蘇る。
──俺に出来るのは、精々少し変わった火を出せるくらい──
──でもそれすら制御できなくて──
──こいつらと一緒にいていいのかって──
炎、仲間、自分の存在意義。
そして豆太郎の「火が必要だ」という魂の叫び。
エルプセの脳内に電撃が走った。
(まさかこの人は、
誤解である。
(ただの人間がこんな魔物を前にして、怖くてたまらないはずだ。なのにそれをおくびにも出さずに。もやしの話も、俺を少しでも落ち着けるためだったんだ)
誤解である。
(それなのに俺は勝てないと決めつけて、勝手に自己嫌悪して……、情けない!)
エルプセは深呼吸し、ビッグホーンを真っすぐに見据える。
その表情は、覚悟が決まった戦士の顔だった。
「ありがとうございます、マメタローさん。俺、やれそうです」
「お! 『炎には水』作戦決行か?」
「いえ、違います」
エルプセは自分の正面に剣を構えた。
「炎には、炎っす」
エルプセの足元から、炎が巻き上がる。
どこまでも赤い灼熱の炎を見て、ビッグホーンが警戒したように後ずさる。
エルプセは口を開き、ゆっくりと呪文を詠唱する。
「あまねく大地を照らす祝福よ」
炎がエルプセを包み込む。
それはまるで、神の
「ある時は神の怒り、ある時は愛のしるし。我は敬意をもってその名を呼ぼう」
握った剣が炎を帯びた。
青年は敵を見据えた。
その心に、仲間達の姿を思い浮かべて。
(あいつらと一緒にいていいのか、じゃない。あいつらと一緒にいるために強くなるんだ。そのために俺は、この火を制御してみせる!!)
エルプセは大きく目を見開いた。
強く、強く決意を込めて。炎のように燃えさかる闘志を叫ぶ。
「受けよ!
腕を振りかぶり剣を振り抜く。
光輝く炎の衝撃波は、太陽のごとく。
その炎はビッグホーンを包み、洞窟全体を揺らしたのだった。
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