第23話

 酒場でファシェンから「もやし魔人」の噂を聞いた翌日。

 ダンジョン内で行われている会議にて、エルプセは憤慨していた。


「なにやってんすか、マメタローさん! あんたこのままじゃ「もやし魔人」として退治されちまうっすよ!」

「す、すまん。もやし魔人か……。へへっ」

「なんでちょっと嬉しそうなんすかねえ!?」


 おしゃべりな若者たちの噂の出回りは早い。おばちゃん達の井戸端会議の次くらいに早い。

 このままでは「もやし」が面白おかしく悪意を乗せて広まり、「口にしてはいけない言葉」として流行しだすのも時間の問題だ。


「まったく、どうするんすか、状況は最悪っすよ。ねえ、レグーミネロさん」

「いえ、思っているより悪くはないです」

「悪くないの!?」


 エルプセは仰天し、レグーミネロは頷いた。


「商売で1番問題なのは関心を持ってもらえないことですから。実際、好事家は怖いものみたさで、悪評の高い品を買うこともあります。今、もやしに対する関心はかなり高まっている状態です。ここで人々に好印象を与える『なにか』があれば、一気にイメージをひっくり返すことが可能ですよ。……とはいっても、その一手が難しいんですけどねえ」


 うーん、と首を捻るレグーミネロ。

 豆太郎が手を挙げて質問した。


「なあ、レグーミネロ。貴族に高く売りつけるって方針は変わらないんだよな」

「ええ、それがどうかしましたか?」

「貴族じゃなくてもさ、市民の食品として流通させることはできないか? もともともやしって、安価で栽培簡単ってのがウリだしさ」

「やめた方がいいです」


 豆太郎の意見は一刀両断された。


「市民の食べ物は、生産から販売まで大体流れが決まっています。そこに新規で参入するのは難しいんですよ。メメヤードうちは冒険者の日用品がメインで、食材方面に太いパイプはないし」

「そっか~、残念。もやし、普及させたいんだけどなあ」


 豆太郎は少し肩を落として意見をひっこめた。

 レグーミネロだって分かっている。

 彼の第一の希望は、この異世界でもやしが広まりたくさんの人に食べてもらうことだと。

 だが、商売はそんなに甘くない。今はそんな夢見がちなことは言っていられないのだ。


「とにかく、今はもやしのイメージを変える一手を考えるのに専念してください。噂は流行りすたりが激しいもの。このダンジョンが『もやしダンジョン』として噂されているうちに成功させなければっ!」

「そんな名前がついてたのか」

「嬉しそうな顔をしてる場合じゃないっすよ……」



 □■□■□■



 さて。

 豆太郎が「もやしダンジョン」に喜んだのと反対に、その名称を嘆くものもいた。


「お、俺のダンジョンになんか不名誉なあだ名がついてる……っ!」


 誰であろう、このダンジョンの主ソーハである。

 もやし男の好きにさせていたら、自分のダンジョンのイメージがすっかりもやしに統一されてしまった。魔人ソーハは、人間と交流を持ち始めたことを早くも後悔し始めていた。


「くそう! あいつの好きにさせるんじゃなかった。こうなったらケルベロスでも召喚して、『地獄のダンジョン』とかに改名させてやる」


 力技でダンジョンのイメージアップをはかろうとするソーハ。水晶玉を指さして、大きなあくびをした。

 それを目撃したレンティルから小言が入る。


「ソーハさま。そろそろお眠りになってください。最近夜更かしなさっているでしょう」

「う……、そ、そんなにしていない」

「うそはだめです。この前深夜徘徊をするマメタロウさんに着いていっていたのはちゃんと知っていますよ」


 ばれていた。

 反抗しようとしたが、眠気には勝てず。ソーハはしぶしぶと寝床に入った。

 レンティルはそんな彼にそっと毛布をかけて、照明を暗くする。


 レンティルが水晶玉を覗き込むと、すでに会議が終わり、3人は解散していた。

 豆太郎は夕食の準備を始めたようだ。


(うーん。人間と仲良くなるのはいいですが、生活習慣に悪影響を及ぼすのは考えものですね)


 自分も金貨500枚の用立てについてなにか考えようか。

 そんなことを思案し始めたレンティルの肩がぴくりと動いた。

 水晶玉に触れて映像を映す。映した場所はいつもの豆太郎がいる場所ではなく、ダンジョンの入り口。

 レンティルの紫色の目がすぅ、と鋭く細められた。

 それはソーハは決して見ることのないであろう怜悧れいりな表情だった。



 □■□■□■



「……ここだな」


 ファシェンはソーハのダンジョンの前に立っていた。

 昼間はザオボーネたちにああ言ったものの、彼女はずっとこのダンジョンが気にかかっていたのだ。

 なぜならば。

 ファシェンは目を閉じて神経を研ぎ澄ませる。


 暗い視界の中、常人には感じられないわずかな力の揺らぎをファシェンは捉える。


(……やはり、中に何かいるな)


 ファシェンは魔人の力を感じ取る特別な能力を持っていた。

 一般の人間は持たない特殊能力。この力は仲間達には明かしていない。だが、ザオボーネだけはなんとなく気づいている気もする。

 この小さなダンジョンから感じる魔人の気配は、取るに足らないものだった。だが、そう感じるように誰かが仕向けているような微かな違和感もあるのだ。


(本当に弱い魔人なら、メメヤード家の雇った人間たちでなんとかなるだろう。けれど、力を偽装した魔人だとしたら、かなり厄介な相手だ。街にも被害がおよぶかもしれない)


 ファシェンは魔法で明かりを点け、慎重に洞窟の中に足を踏み入れた。

 彼女の探知能力は、相手との距離に比例する。もう少し近づけば魔人の力も見極められるはずだ。


 本当は、この事実を伝えて仲間たちにも一緒に来てもらうのが1番いい。

 けれどファシェンにはそれができなかった。

 それを言ってしまえば、何故そんな力を持っているのかという疑問が生まれる。そして、もう1つの事実を伝えなければならなくなる。

 それがファシェンにはできなかったのだ。

 踏みつけた水たまりがぴちゃんと音を立てた。

 そこに映る自分の顔。世界に2つとないと讃えられ、誰も彼もが美しいと褒めそやす美貌びぼう

 けれど。


(……だけど、私のこの見た目は)


 ファシェンがぼんやりと水たまりを見つめていたそのときだった。


「あら、一直線に魔人の元へやってきた人は初めてです。なにか特殊な力をお持ちなのでしょうか」

「……っ!」


 ファシェンは弾かれたように顔を上げた。

 明かりを通路の先に向けて、声の主を照らす。

 そこにいたのは眼鏡をかけた美しい女性。

 その瞳と髪の色は、紫。


「……魔人……!」


(この女がダンジョンの主……、いや)


「その奥に、ダンジョンの主がいるんだな」

「!」


 レンティルは少し驚いた。

 自分がダンジョンの主のフリをするつもりだったが、目の前の女冒険者は、最奥にいるソーハの気配をあやまたず感知したのだ。

 やっかいな能力である。


「荒事を起こす気はありません。お引き取りいただけませんか?」


 試しにそう尋ねてみたが、返ってきたのはありきたりな答えだった。


「魔人を見過ごすわけにはいかない」

「でしょうねえ」


 レンティルは腰元から束ねた鞭を取り出した。

 ファシェンも腰元から武器を取り出す。鎖鎌を改造したもので、半月状の大きな刃に長い鎖がついている。鎖をヒュンと唸らせながら回転させ、相手に投げる隙をうかがう。

 対抗するレンティルが鞭をひと打ちすると、背後から4匹の獣が飛び出してきた。 

 四つ足の魔物たちは、狼によく似ている。

 彼らはファシェンを敵対者とみなし、低く唸りながら歩き出す。

 レンティルはもう1度鞭を地面で弾き、鋭く号令をかけた。


「お行きなさい!」


 呼応して吠える獣たち。地を駆ける足音。光る牙。

 ファシェンはそれらを睨み、鎌を思い切り振りぬいた。

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