第31話

 それからしばらくして。

 

「う……」

「あ、起きた」


 豆太郎を襲った少年が目を開けた。

 彼の視界に映ったのは、おっさん、女の子、青年、少年が1人ずつ。

 そこで先ほどの記憶が一気によみがえった。


「わあぁぁっ!」


 少年は叫びながら後ずさった。あたりを見回しながら豆太郎に尋ねる。


「ま、魔人、魔人は!?」


 正直、爆発のショックや極度の緊張のせいで、細かいところはよく覚えていない。

 だが、自分を射殺さんとする恐ろしい紫の眼光は、しかと心に刻み込まれている。


「ん? なんのことだ」

「とぼけるな! あの紫の──」


 そこで彼はもう1度あたりを見回した。

 黒に近い目の青年、明るい茶眼の女の子、黒目のおじさんに、ブロンドの髪と目をした少年。

 全員、紫の目はしていない。


「……あ、れ……?」

「緊張しすぎて、変な幻覚を見たんじゃないか?」


 豆太郎はにこにこ笑った。

 レグーミネロはその口元が若干ひきつっているのに気付いたが、そっと黙っておく。

 髪と目の色を偽装したソーハは、むっつりと不機嫌そうな顔のままそっぽを向いた。


「まあ、とりあえず落ち着け、少年。もやしを食べろ」


 襲ってきた少年の要求した品をそっと差し出した。

 鶏ことビッグピークの卵をふんだんに使った、もやしのとんぺい焼きである。


 もやしと薄切り肉と野菜を炒め、半熟卵でふんわり包む。

 すりつぶした果汁を煮詰め、調味料で味付けした特製ソースをかければ出来上がりだ。

 とろとろの黄色と、ほかほかの湯気。少年ののどがごくりとなった。


 豆太郎はとどめとばかりに、自分がひと口頬張ってみせた。

  にこやかにとんぺい焼きを差し出された少年は、皿ごとかじる勢いで、とんぺい焼きをかっ食らったのであった。

 


 □■□■□■



「さて、私はレグーミネロって言います。君、名前はなんて言うんですか?」

「……ヴェルト」


 少年はとんぺい焼きをおかわりしながら答えた。

 彼との交渉係は、レグーミネロに一任された。

 がたいのいいおっさんやエルプセでは、萎縮いしゅくさせてしまうだろうと考えた人選だ。

 その作戦はうまくいっているようで、少年はとんぺい焼きをおかわりしながら大人しく質問に答え始めた。


 豆太郎は元の世界の刑事ドラマを思い出す。取調室でカツ丼がでるわけだよなあと、1人納得していた。


「ヴェルト。なぜもやしを奪おうとしたんですか?」


 ヴェルトは口をもぐもぐさせながら目を伏せた。


「弟たちに元気になって欲しかったんだ」

「弟さん? 病気なんですか?」

「分からない。ここのところ、まともにご飯を食べていなかったから。大人がうわさしてるもやしを食べさせれば元気になるかと思った。」


 彼をじっと観察していたエルプセが口を開いた。


「お前、孤児か?」


 ヴェルトは頷く。レグーミネロは眉をひそめた。


「孤児院できちんと食事が配給されていないのですか?」


 だとしたらその孤児院は経営に問題がある。監査を入れるべきだ。

 眉をつりあげたレグーミネロの問いに、ヴェルトは不思議そうに首を傾けた。


「こじいん、ってなに?」

「…………!」


 レグーミネロと豆太郎が固まった。

 エルプセは2人の反応を見た後、少し遠くを眺めてぽつりとこぼす。


「まあ、こんなもんっすよ。貧しいところに生まれてきた子どもは、そもそも孤児院があることさえ知らねえんす」


 なんてことだ。

 子どもを守るための場所を、その子どもが知らないのだ。

 貴族の生まれのレグーミネロは、そんなことにさえ思い至らなかった。

 彼女はぐ、と唇を噛んだ。己の無知を感じて恥じいるようにうつむく。

 ヴェルトはレグーミネロにすがるように言った。


「なあ、もやしって、魔法の草なんだろ? もやしを食べれば、きっと弟たちも元気になるはずなんだ。頼むよ、俺にそれをくれよ」


 幼い子どもの必死の声に、豆太郎はぐっと拳を握った。

 豆太郎は大人だ。人生はたくさんの「仕方ない」を飲み込まないと生きていけないことを知っていた。

 だけど大人だから、なるべく子どもの「仕方ない」は減らしてあげたかった。


 そして今この時、豆太郎はこの子どもの「仕方ない」を1つ無くせる方法を知っている。


「レグーミネロ」

「はい」

「その、もやしな、この子らにあげてもいいか」


 豆太郎は膝に手をついてレグーミネロに頭を下げる。


「お前が俺のために、すごいがんばってくれていたのは知ってる。もやしが安価でお手頃な食材だと知られたら、お前の努力が水の泡になることも分かる。けど、頼む」

「…………」


 レグーミネロは深々と頭を下げる豆太郎を見つめた。

 自分の立場を考えて、彼のような大人がこんな小娘に頭を下げている。


 ──お前は客の気持ちに応えられているか。


 頭の中に響く、ベンネルの問いかけ。

 それに、レグーミネロはこう返す。


(――応えます。応えてみせますとも!)


「ふんっ!」


 レグーミネロは思いきり自分の両頬を張った。

 その勢いに男性陣が飛び上がる。


「すっ、すいません! 代わりにおじさんにできることがあったらするから!」

「いいえ、謝る必要はございません。マメのおじさま」


 レグーミネロはすっくと立ちあがった。

 そして瞳を燃え上がらせ、びしっと明後日の方向を指さす。


「私はメメヤード家のレグーミネロ。どこまでもどこまでも、お客さまのご希望に応えてみせますとも!」


 力強い宣言に、エルプセと豆太郎は思わず拍手を送った。

 レグーミネロは赤くなった頬をつりあげて、にこっと笑う。


「なのでおじさま、ちょっと協力してくださいな」

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