第30話

「ベンネル様、ダンジョン周辺をうろついていたごろつき達は全員捕縛ほばくしました。入り口付近にいたグループは、炎の勇者エルプセ様が相手をしていたようなので、お任せしましたが」

「炎の勇者が? だとすれば、ザオボーネの指示かもしれないな。奴は相変わらず正義感で動くのが好きだな」


 実際のところはエルプセの独断だったのだが、ベンネルはそう結論づけた。


「あのはどうした」

「先ほどこっそり部屋を抜け出されました。護衛はこっそりつけていますので」

「……はあ」


 ベンネルは大きなため息をついた。どうせいてもたってもいられなくなって飛び出すだろうとは予測していたが。


(さて、あいつはどう動くだろうな)


 果たしてレグーミネロは、客の望みを叶える道を見つけて帰ってこれるのか。

 ベンネルは生徒の課題提出を待つ教師の気持ちで、窓の外を見つめたのだった。



 □■□■□■



 さっきまで暗かった空が突然明るくなる。

 夜と朝の境目の空をまぶしそうに見つめて、エルプセは大きく息を吐いた。

 今の気持ちはただ1つ、眠い。


「っは~……。疲れた」


 思いきり体を地面に投げ出した。

 同じく地べたに転がった、ならず者たちの死屍累々ししるいるい

 身体を地面に投げ出したまま首だけ動かして入口を確認する。いつの間にか入り口を守っていた魔物はいなくなっていた。

 あれはやはり、このダンジョンの魔人が呼んだのだろうか。

 ソーハと豆太郎の関係を知らないエルプセは考え込んだ。


 一体なぜ、魔人が自分を助けたのか?


(ここを変な奴らにに荒らされたら困るから、か?)


 しかしそれでは、人を呼び寄せるというダンジョンの目的からは大きくかけ離れてしまう。

 それでも人を遠ざけるということは、魔人にとって、なにかそれ以上に大きな理由があるのだろうか。


 例えば、ここになにか大切なものがある、とか。


 もやしを狙っていたごろつきたちは魔物に阻まれた。

 かたや、ダンジョンでもやしを育てている豆太郎は見過ごされている。

 これからの事実から、エルプセの中で導きだされた結論は。


「このダンジョンの魔人がもやし好き、とか……?」


 ソーハが聞いたら激怒する誤解が、また1人別の勇者に植え付けられてしまった。


「まあ、考えるのは後でいいか。眠いけどもうひと踏ん張りして、残党がいないか確かめに行きますかねえ」

『安心しろ、森全体の見回りはしておいたぞ』

「へっ」 


 どこからともなく聞こえた声に驚き、エルプセはあたりを見回す。

 頭上に突然影が差した。振り向いて空を仰ぐと、一羽の大きな鳥がこちらを見下ろしている。


『他にももやしを狙って侵入しようとしていた団体がいたようだが、ここに辿りつく前にメメヤード家の傭兵に捕まったようだ』

「は、はあ……」


 魔物だろうか。だが、なぜだか警戒心が湧いてこない。よく知っている誰かに似ている気がした。

 鳥の目元がふっと和らいだ。エルプセには、それがなんだか微笑んでいるように見えた。


『強くなったな。エルプセ』


 そう言って鳥は大きな翼をはためかせ、薄明るい空へと飛んでいく。

 それを見届けて、エルプセは呆然と呟いた。


「ど、どちらさま……?」


 エルプセがその謎を解くより早く、茂みから何かが勢いよく飛び出してきた。


「エルプセさん!?」

「うわびっくりした!? え、レグーミネロ!?」


 今度はレグーミネロの登場だ。

 髪の毛はぐしゃぐしゃで、化粧もしていない。目の下にはクマができている。ご令嬢にあるまじき姿だった。


「一体どうしたんすか!?」


 レグーミネロは必死の形相でエルプセに掴みかかった。


「ま、マメのおじさまはどこです!? 大変なんです。悪い人たちが、おじさまを」

「あ、ああ。大丈夫っすよ。俺が撃退しましたから」


 マメタローさんは無事です。エルプセのその言葉を聞いて、レグーミネロは停止した。

 瞬きも忘れてエルプセを見つめる。 


「…………無事?」

「はい、無事です」


 その言葉を聞き、レグーミネロはへなへなとへたり込んだ。


「よ、よかったあぁ~!」

「えっ、ちょ、レグーミネロさぁん!?」


 わあわあと泣き出してしまった女の子に、炎の勇者はわたわたとうろたえたのだった。



 □■□■□■

 


「いつもお世話になってる緑豆もやし~、シャキシャキ歯応え黒豆もやし~、ヘイッ!」


 鼻歌まじりに調理する豆太郎。ちなみに今はもやしではなく卵をといている。

 ソーハはそんないつもの光景を頬杖をついて眺めていた。

 同時に、気絶した子どもにも神経を注いでいる。突然飛び起きて、豆太郎を狙うかも分からない。何が起きてもいいように臨戦体制をとっているのだ。

 しかし彼の注意とは別のところから、新たな来訪者はやってきた。


「マメタローさーん! 無事ですか!?」

「マメのおじさまー!!」 


 遠くから2人の声が聞こえる。エルプセとレグーミネロだ。

 ばたばたとした足音は、確実にこちらへ向かってきている。

 返事をしようとしてふと気づく。ここには今ソーハがいるのだ。

 豆太郎は慌てた。紫の目に紫の髪。ひと目で魔人とバレてしまうだろう。 


「ソーハ、隠れろ!」

「その必要はない」


 ソーハはそう言って自分の髪の毛に触れた。


「…………マメタローさん!」

「ぜえ、はあ……、ぶっ、ぶじっ、ですか。ごほっ!」


 汗だくになったレグーミネロと、少し息を切らせたエルプセが飛び込んできた。


「よ、ようっ。もやし料理、食べるか?」


 少し声を上ずらせて、豆太郎が片手を挙げてあいさつする。

 五体満足、ぴんぴんしている。安心した2人は、大きく息を吐いてその場に座り込んだ。 


「なんかこんな状況、つい最近もあった気がするっす……」


 ザオボーネが襲来したときのことを思い出しながらエルプセが呟いた。

 あのときと違うのは、豆太郎のすぐ横に気絶した少年がいることと。


「……どちらさまっすか?」


 をしたソーハがいることだ。

 

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