第29話

 荒くれものたちが雄叫びを上げながら、次々と武器を振りかぶる。

 ある者は渾身こんしんの一撃をかわされ、ある者は武器を振り抜くことさえ叶わずにエルプセに沈められていった。

 だてにザオボーネやファシェンと訓練をしていない。数だけ集めたごろつきなど、エルプセの敵ではなかった。


「くそっ、こいつ強えぞ!」

「相手にするな! 中に入るぞ!」


 エルプセと戦うことをやめ、男たちが次々とダンジョンへ走りだす。


(行かせるか!)


 エルプセが炎を放とうとした時だった。


「うわあっ!?」


 走っていた男たちが尻もちをついた。目指す入り口から、うなり声と共に四つ足の魔物が飛び出してきたのだ。


「ま、魔物だ!」


 怯えて後ずさるならず者たち。

 魔物は彼らを威嚇いかくするようにけたたましく吠える。


(マズい!)


 エルプセは焦って地を蹴った。

 いくらごろつきといえど、この流れで魔物に殺されては寝覚めが悪い。

 剣を構えて魔物に突進しようとしたエルプセは、だがすぐに歩調をゆるめた。

 不思議なことに魔物たちは威嚇をするだけで、入り口から動こうとはしなかったのだ。

 どうやらこの魔物、男たちを殺すとこが目的ではなく、あくまでダンジョンを守ろうとしているらしい。


(まさかダンジョンの魔人が、そう命令しているのか?)


 にわかには信じられなかった。今までエルプセが戦ったダンジョンの魔人は、人の命などなんとも思っていない者ばかりだったからだ。

 だが、実際に魔物はそこから動かない。

 エルプセはしばし迷った。ダンジョンを守る、というだけなら、この魔物と自分の目的は一致する。

 

(ひとまず様子を見るか)


 自分に向かってきたごろつきの顔面に裏拳を叩きこんで、とりあえずエルプセはならず者たちを片付けることにした。


 □■□■□■



(よかった。炎の勇者はこちらの意図を理解したようですね)


 入り口を守る獣を召喚したのは、誰あろうレンティルだった。

 もとよりソーハのため、このダンジョンに彼らを立ち入らせる気はない。だが勇者がそれを片付けてくれるというなら好都合。ささやかな協力として門番は用意した。


 入口から少し離れたところにいるレンティルは、水晶玉で入口の様子を確認する。

 ならず者たちは大した強さではない。あと数分もすれば、エルプセの完全勝利となるだろう。


 だが。レンティルもエルプセも、彼らに意識を割かれ失念していた。


 ──この洞窟に繋がる穴が、もうひとつあることを。


  □■□■□■



 豆太郎は天井にぽっかり空いた穴を見つめていた。

 紺色の空には月は見えない。今日は新月の夜だ。

 月明かりがないので、いつもより火を絶やさないよう気を付けている。


「そういえばあの鳥、大丈夫かな」


 数日前に自分のところを訪ねてきた鳥を思い出して、豆太郎は呟いた。

 人が鳥になるとはさすが異世界、なんでもありだ。


「あの日の落花生もやしの天ぷら、美味かったな。今日もまた天ぷらにするか」


 しんみりとした空気が長続きしない豆太郎である。

 そのとき、豆太郎は奇妙なものを目撃した。

 ぽっかりと空いた天井の穴に、ロープが1本吊り下がったのだ。


 まるで天から垂らされる蜘蛛の糸。

 思わずそのロープを見つめていると、それをつたって小さな人影が降りてきた。


 降りてきたのは1人の少年だ。年はソーハと同じくらいだろうか。だが彼と比べるとずいぶんと痩せていた。着ている洋服もぼろぼろだ。

 ざんばら切りの髪の毛の隙間から目がのぞく。ぎょろっと動いた目が豆太郎をとらえた。


「お前! ま、魔人だな!」

「ええ」


 この勘違いは2度目である。


「髪の毛……は、紫じゃないけど、こんなところにいるんだ、魔人なんだろう!」


 少年はふところから赤い球体を取り出した。


「これは火の魔法が込められた球だ! 少しでも動いたら、これを地面にぶつけるぞ!」


 球体を握りしめた少年の手は震えていた。

 それをもう片方の手で握りしめて無理やり震えを止め、彼は豆太郎をにらみつけた。


「爆発させられたくなければ、もやしをよこせ!」

「あ、いいよ」


 快諾。

 決死の要求をあまりにもあっさりと飲んだ豆太郎に、少年はぽかんとした。

 そんな彼の動揺を置き去りにして、豆太郎は新しい客人にもやしを布教するためいそいそと準備を始めた。


(天ぷらにしようと思っていたが、子どもならもやしナポリタンがいいかな。ソーハも喜んでたし)


「ちょっと待ってろ。今もやし料理を作ってやる」


 呆然としていた少年だが「作ってやる」という言葉に反応し我に返る。


「ち、違う! 俺じゃなくて、他に食べさせたいやつが」


 あわてて豆太郎に駆け寄ろうとした拍子に、足がもつれて転んでしまう。

 次の瞬間、手から落としてはいけない火の球が転がり落ち、地面とぶつかってゴン、と音を立てた。


「「あ」」


 火の球がたちまち輝き出す。

 豆太郎はとっさに少年を庇うように覆いかぶさり丸くなった。


 火の球の輝きは最高潮に達し、そして。



  □■□■□■



 ダンジョン内の大気が震え、どこからか爆発音が聞こえた。

 レンティルがはっとして振り向く。

 

「今の音は……!?」


 音がした方角は、豆太郎の根城のほうだ。

 水晶玉を取り出し、いつもソーハが遊びに行く豆太郎の部屋を映す。

 だが今は煙につつまれ今は何も見えない。

 レンティルは慌てて豆太郎の元へ走り出した。



 □■□■□■



「コケーッ! コケーッ!」


 鶏がけたたましく鳴いている。

 爆発に驚いたのだろう。だが、あれだけ元気に騒げるなら怪我はしていなさそうだ。

 直撃を受けた豆太郎はほっと胸をなでおろし──、


「……あれ?」


 の自分に気が付いて、すっとんきょうな声をあげた。

 あたりを見回す。豆太郎の正面の地面はえぐれ、白い煙をあげていた。

 粉々になった赤い破片があるし、あの火の球は間違いなく爆発したのだろう。

 だが豆太郎は無事だ。鶏もヤギも無事だ。ついでに後ろに並んだもやしも無事だ。


「……うう……」


 豆太郎の下で少年がうめいた。そして状況を理解すると、慌てて暴れて豆太郎と距離をとった。


「お、お前、なにをしたんだ!?」

「いや、俺にもよく……」


 そこで豆太郎はふと、自分の周囲がきらきらと輝く薄いベールにおおわれているのに気がついた。

 それはちょうど豆太郎と砕けた火の球を境目に張られ、豆太郎の後ろを守るように包んでいる。輝きに呼応するように、豆太郎の胸元が光った。

 そこにあるのは、ソーハからもらったオリハルコンだった。


「純度が違う、と言っただろう。あの程度の火など話にならん」


 ぱきり、と。小さな足が、火の球のかけらを踏み砕いた。


「……で、だ。俺のダンジョンに土足で入り込んだ愚か者」


 どこからか聞こえてくる底冷えした声に少年は固まった。

 悲鳴をあげようとしたが、恐怖で声が出ない。


 闇の中からゆっくりと、ソーハが姿を現した。

 魔人の証である紫の瞳が冷たく少年をとらえている。

 彼の恐怖を高めるように、ソーハは火の欠片を念入りに踏み砕いた。

 そして凶悪に、嗤う。


「──死ぬ覚悟は、できているんだろうな?」


 少年が正気を保っていられたのはそこまでだ。

 ぎゅるっと白目を剥くと、泡を吹きながらひっくり返る。

 豆太郎がその体を慌てて受け止めた。

 ソーハはずかずかと近づいた。


「おいそこからどけ。そいつの頭を粉砕してやる」

「オッケー魔人ジョークだな。うん、分かる分かる」


 茶化す豆太郎にソーハはくわっと牙を剥いた。


「お前な! 今! そいつに! 殺されかけたんだぞ!」

「そうだな。ソーハのおかげで助かったよ。ありがとうな」

「…………!」


 ソーハはぐぐぐっ、と口元をひん曲げた。そして怒鳴りつけようと大きく口を開き、ぱくぱくと開閉させ──、結局何も言わずに上を向き、大きな大きな息をついた。


「勝手にしろばーか!」

「おう。今もやし料理を作るからな。お前も食べるだろ?」

「これだよチクショウ!」


 いつも通りの2人のやり取り。

 入り口の影に隠れて眺めていたレンティルは、それを見てほっと胸を撫で下ろしたのだった。

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