第33話

 ソーハはダンジョンの主である。

 つまりダンジョンの魔物の支配者でもある。

 彼が一たび指を動かせば魔物は終結し、一言声を発せば冒険者たちを一網打尽にする。

 ので。

 

「コッコッコッコッコ」

「コケー! コココ!」

「コココココ!」


「あー! うるせー!」


 彼がひとたび呼べば、ビックビークたちは喜んで彼のもとへと突撃してくるのである。


「はいはい、産卵箱はこっちだぞー」


 豆太郎がDIYした簡易的なビックビーク用の産卵箱。やわらかいわらを敷き詰めた木箱の中に、ビックビークは次々と卵を産み落としていく。


 レグーミネロの豆太郎へのお願い。それは、ビッグビークの卵と、ビッグホーンのミルクの収穫だった。


 もやしの代わりの商品「ビックビークの卵とビッグホーンのミルクで作る特製スイーツ」はヨランド子爵に好評で、メメヤード家は評判を落とすこともなく、契約を結ぶことができた。


 そしてお菓子作りの材料としてこの2つがヨランド子爵の元に納品されることとなり、今豆太郎はビッグビークの卵を集めていた。


 いつも一緒にいる鶏だけでは納品数が足りない。

 そこでソーハに頼み、ダンジョンに住むビッグピークたちを集めてもらったのだ。


「いやー、たった一声でこんなに集まるなんて。魔人ってすごいんだな」


 豆太郎に魔人のすごさを分からせるのは、ソーハのかねてからの目的だった。

 だが、これは違う。なんかこう、違う。

 ソーハが葛藤している間に、豆太郎は卵の収穫を完了した。


「これでよし。あとは夕方にやって来る運搬係を待つだけだな」


 豆太郎は入口近くに向かう。そこには、いつもはない大型の白い箱が置いてあった。ぱかりとふたを開けると、冷気が漂ってくる。中にはたっぷりとヤギミルクを保管した缶が並んでいた。 


 ベンネル家から運送用に支給された保冷箱である。箱の四隅に氷の力を込めた魔法石が埋め込まれており、2日近く保存がきくらしい。


 ヤギミルク運搬用に貸し出されたその箱の隅をこっそり借りて、豆太郎はある料理を作っていた。

 それを取り出して、うなっているソーハのもとへ持っていく。


「ほら、ソーハ。今回の礼だ」

「なんだ、これ」

「プリン」


 最もこれは豆太郎の自作だ。ベンネル家の一流シェフたちが作ったプリンに比べたら普通の味だろう。


 ソーハはひんやりした小さな瓶を受け取る。黄色いそれをまじまじと見つめ、受け取ったスプーンですくった。

 ぷるぷるとしたそれを見つめながら、一口食べる。


「!!」


 スプーンをかじったまま固まるソーハ。


「どうだ?」

「ま、まあ、悪くはないな。おかわりがあってもいい」


 さすが貴族も納得したプリン。ダンジョンの主にもご満足いただいたようだ。

 1つ目をぺろりとたいらげたところで、ソーハは豆太郎を見上げた。


「で、これはどこにもやしが使われているんだ?」

「ええとな、ソーハ。俺、もやし料理以外もできるんだ」

「え!? これ、もやし入ってないのか!?」


 魔人ソーハ、ここ数日で一番の驚きである。


「俺をなんだと思ってるんだ。ソーハは」

似非えせもやし魔人」

「……そーかい。さて、次は明日の準備もしないとな」

「まだなんか準備があるのか?」


 ミルクと卵の準備は整ったはずだ。

 首を傾げるソーハに豆太郎は答えた。


「ああ、俺、ちょっと外に行ってくるからさ」


 からん、とスプーンが地面に落ちた。

 ソーハは口を大きく開けたまま固まった。


「──は?」



 □■□■□■



  それから数日後。

 ソイビンの街、とある孤児院にて。


「ほら、もやしのチーズ焼きだぞー!」


 豆太郎が皿をかかげると、わあっと子供たちが集まってきた。

 エルプセが肩車をしていた子どもも、急いでご飯の元へ走り出す。 


 ここは民間の孤児院だ。

 そこには、この前もやしを奪おうとダンジョンに入ってきたヴェルトもいる。


 彼の仲間の子どもたちも、栄養を摂ってすっかり元気になり、他の子どもたちと仲良く遊んでいた。

 レグーミネロやエルプセ、それに彼の仲間たちが協力して、彼らが孤児院に入れるよう手配したのだ。


 そして今日、豆太郎はここにもやし料理を振る舞いにきた。

 もやし料理の作り方を、孤児院で働く人たちに覚えてもらうためである。


 いきいきともやしの解説をする豆太郎を眺めて、エルプセは首をごきりと動かして伸びをする。


「子どもの相手に慣れているな、エルプセ」

「そうっすか?」


 そんなエルプセをファシェンがねぎらった。

 そんなファシェンの頭には、いくつか花飾りが乗っている。

 子どもたちからのプレゼントである。彼女はさっそくここにいる複数の子どもたちの初恋を奪っていた。


「姐さん、よかったんすか? 話の流れ的に、今度ヨランド子爵のパーティーに参加しないといけないんでしょ」


 今度のヨランド子爵のパーティーは、スイーツに力を入れているらしい。

 甘いものが好きなファシェンにぜひ参加を! と使者が来ていたのを知っている。


「構わないさ。実際甘いものは好きだからな」


 そう言ってファシェンは豆太郎をまぶしそうに見つめた。


「まったく。大金を手に入れるチャンスを棒に振って、バカな男だな、彼は」


 その「バカ」の言い方はすごく優しくて。愛だの恋だの甘酸っぱい色々なものが含まれているのを察して、エルプセは複雑な気持ちになった。


 別に悪いというわけではない。でも、知り合い同士の恋愛関係を知るのって、なんかこう、ものすごくいたたまれない。


「エルプセにいちゃん!」

「もやしできてるよー! 食べよう」

「っとお、はいはい」


 子どもたちが笑ってエルプセの腕を引っ張ってくる。

 子どもたちと歩いていくと、できあがったもやしのチーズ焼きを勢いよくほおばる仲間がいた。


 りすのように頬袋をぱんぱんにしているのは、仲間の水の勇者、リンゼである。

 いつも通りの無表情だが、そのぱんぱんの頬袋を見れば、もやしに満足しているのは一目瞭然だった。


「エルプセ、これ、美味しいね。もやし、すごい。すごい美味しい」

「お、おう。お前がそんなに気にいるとは意外だな」


 普段あまり食に執着がなさそうなリンゼが、もりもりともやしを食べているのに少し驚いた。よほど気に入ったらしい。


「おっ、そこの嬢ちゃん。いい食べっぷりだなあ! こっちの肉巻きもどうだ!?」

「食べます」


 若い子にたんと食べさせようとする豆太郎に、びしっと手を挙げるリンゼ。ファシェンも小さく手を挙げた。


「私もいただけるか、マメタロー」

「ああ、えーと、ファシェンさん? よろしく。……あれ、どっかで会ったことある?」

「! いや、気のせいだと思うぞ!」


 なぜか慌てふためくファシェン。不思議そうに首を傾げた豆太郎。ザオボーネが勢いよく豆太郎の首に腕を回した。


「はっはっは! マメタロー。さすがにそんな使い古された口説き文句じゃ、うちのファシェンは落とせないぞお!」

「ぐええっ! 違うっ」


 にぎわう孤児院、たくさんの笑顔。

 それを眺めていたエルプセはふと気づく。


(そういえば、マメタローさん、初めてダンジョンの外に出たんじゃね?)


 あの薄暗いダンジョンを出て、日の光の当たる外の世界へ飛び出した豆太郎。

 そんな彼は、外でももやし料理を作っていた。

 変わんねえー、とエルプセは思わず笑ってしまう。


「どうした、エルプセ?」

「いいえ。俺ももやしのチーズ焼きお願いします」


 そしてエルプセもまた、ダンジョンにいる時と変わらずにもやしを頬張るのだった。

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