番外編③ レンティルのフレンチトースト 前編
レンティルは魔人ソーハの忠実なる僕だ。
ときにソーハを諌め、ときにヨイショし、ときにおやつの食べ過ぎを注意する。
そんな彼女は現在1人きり。ソーハが豆太郎と共に温泉旅行に行っているためだ。
幼いソーハが人間たちの街に行くことは正直心配だった。もし魔人だとバレたら冒険者たちに襲われるかもしれない。けれど豆太郎が一緒ならばバレないように立ち回ってくれるはずだ。
魔人が人間を信用するなんておかしな話だ。けれどこれも経験と、レンティルは心配を押し込めて送り出した。
そして明日はいよいよソーハが帰ってくる日だ。
久しぶりにソーハが喜ぶものを作ろうと、ウキウキしながら豆太郎の居住空間へ向かった。
豆太郎の根城に入ると、そこにいたセミロングの女がぺこりと頭を下げた。
彼女は豆太郎の元でもやしについて勉強しているリンゼである。
「レンティル。おはようございます」
「ええ、おはようございます」
リンゼは人間だ。つまりレンティルとは敵同士。だが彼女に敵意はなく、ご近所さんのように気軽にあいさつを交わしてくる。
話せば長いのでざっくりと説明すると、リンゼは以前豆太郎と魔人ソーハに命を救われたのだ。
以来恩を返すため豆太郎に弟子入りし、このダンジョンに住み着いている。
とはいえ、最初はやはり壁のようがあった。ソーハのことも「魔人の子」と呼んでいたし、魔物を警戒していた。
それが今ではソーハを名前で呼ぶようになり、魔物のビッグホーン(ヤギに似た魔物。ミルクが美味しい)の乳搾りもすいすいと出来るようになった。その順応は人間として正しいのか、微妙なところである。
「明日はししょー達が帰ってくる日だね」
リンゼはしゃべりながら杖を振った。
滝の水が魚のように跳ねて滝から飛び出し、もやしの容器の中に飛び込んでいく。
豆太郎達に託された、もやしの水替えをしているのだ。
それを眺めながら、レンティルは手ずから水替えをする豆太郎を思い出した。
魔法が使えないというのは不便なことだとしみじみ思う。
「お土産、楽しみだね。食べ物だと嬉しいな」
何気なくそんなことを口にするリンゼ。
だがしかし。彼女はあらかじめソーハに「お土産」の文化を吹き込んでいるのだ。
そうすればラウトの街の美味しいものを豆太郎達が買ってきてくれると考えての根回しである。
しかしそれを
リンゼ、なかなか悪い女である。
「リンゼさん、ビッグホーン達のミルクや卵は収穫しましたか?」
「うん、そこに置いてあるよ」
「今日の分はもらっていっても?」
「いいよ。何か作るの?」
「ええ」
(マメタロウ様のもやし料理は強敵ですが、私も負けません。必ずやソーハ様の舌を満足させてみせます)
めらめらと対抗心を燃やしながら、卵とミルクを持って帰ったレンティルだった。
□■□■□■
新鮮な卵とミルクを入手したレンティルは、続いてソイビンの街に出かけた。
ここで忘れてはならないのが、髪と目の色を茶色に擬態することだ。
彼女のシルクのような紫色の長髪と、眼鏡の奥の綺麗な紫の瞳は、魔人の証。
そのまま外に出たら大騒ぎになってしまう。
レンティルは昔から時々街に繰り出していた。その主な目的は情報収集だ。
しかし豆太郎が異世界召喚されてからというもの、雑貨屋にもよく足を運ぶようになった。
目当ては人間たちの作った調味料だ。
きっかけは豆太郎の作ったもやし炒めだった。それはレグーミネロからもらった調味料で味付けされており、レンティルが驚くほど美味しかったのだ。なんというか、人の食への執念を感じた。
レンティルも木の実を潰してスパイスを作ったりしているが、あれには叶わない。
悔しいがこの技術に関しては人間の方が上だ。
それ以来、レンティルは人間の調味料も使うようになった。1番の目的である「ソーハが美味しいと思う料理」を作れるなら、彼女は手段は選ばないのだ。
そうして雑貨屋でとある調味料を買って、彼女は帰路に着いていた。
「そこのきれいなお姉さん、木のアクセサリーはいかがですか?」
露天商から声をかけられ振り向くと、ガタイのいい男性と目が合って微笑まれた。
台の上にはペンダントがずらり。
飾りは花や鳥の形など様々だ。薄い木片を器用に削り出している。
「細工が細かいですね」
「そうでしょう。俺、ダンジョンで宝箱の鍵開けもやってるから、手先が器用なんですよ」
ダンジョン、という言葉にわずかに反応する。
「どうかしました?」
「いえ、確かに彫り師というより、冒険者の身体つきをしていらっしゃると思って」
「確かに繊細さはないですよね、俺の見た目」
男は快活に笑った。嫌味のない爽やかな笑顔だ。
「よかったら安くしておきますよ。あ、この木のやつはどうです? あなたの髪の色に近いから、よく似合うと思います」
レンティルの茶色の髪を指して、男はそう言った。
レンティルは少し沈黙した。「また今度」と微笑んで、店を後にしたのだった。
街からまっすぐダンジョンに帰り、一階最奥へ辿りつく。
レンティルは荷物をテーブルに置いて、自分の髪を一房掬った。
栗のように茶色く染めた髪がはらりと揺れる。それは瞬きの間に鮮やかな紫色へと変わっていった。
彼女は一瞬だけ茶色の髪に合うと言われたアクセサリーのことを思い出し、曖昧に笑ったのだった。
□■□■□■
その日の夜、レンティルはさっそく明日の料理の下準備を始めた。
ビッグピークの卵と砂糖、ビッグホーンの牛乳を溶いてよく混ぜる。
フランスパンを子どもでも食べやすいサイズに切り揃え、先ほど作った液に浸す。
それらを氷の魔法を施した箱に入れる。
これで本日の作業は終了だ。このまま一晩寝かせておく。
続きは明日早起きしてからだ、とレンティルは大きく伸びをする。
帰ってくるソーハの姿を想像する。きっと目を輝かせて、たくさん外の話を聞かせてくれるのだろう。とても楽しみだった。
その時だ。ダンジョンに侵入者の気配がした。
一瞬ソーハが早く帰ってきたのかと思ったが、これは魔人の気配ではない。
どうやら今日はもうひと仕事ありそうだと、レンティルは水晶玉を手に取ったのだった。
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