第21話
この異世界にはもやしという食材がない。
ならば今こそ、もやし好きの自分がその第一歩を踏み出すべきだと、豆太郎は燃えていた。
もやしのパイオニアに、俺はなる。
そんな豆太郎の宣言を、レグーミネロは難しい顔で受け止めた。
「もやし、ですか……、正直イマイチです」
「ええっ」
自信満々のプランを却下され、ショックを受ける豆太郎。
「ダンジョンの素材で
「確かに。ぶっちゃけ、うじゃうじゃ根が伸びてる様子とか気持ち悪いっすよね」
「お前なんてことを!」
もやしはそういうもんなの! と怒る豆太郎。
「……ですが。貴族達は、まだ誰も手に入れていないものを欲しがる傾向もあります。もやしはまさに未知の存在。流通する前なら、金貨500枚くらいなら稼げるかもしれません」
レグーミネロは頭の中でそろばんを弾く。
しばらく沈黙していた彼女だが「よしっ!」と気合を入れて立ち上がった。
「まずは噂を立てましょう。『もやし』という謎の何かがあるという噂を立てて、人々の興味をかきたてるのです。ひとまず今日はこのへんで。また5日後に作戦会議とまいりましょう」
そう言って、彼女は元気よく駆け出していった。
その後ろ姿を眺めてエルプセがしみじみと呟いた。
「若いっすねえ」
「あっはっは。俺からすれば2人とも若いよ」
エルプセが「よっこいしょ」と立ち上がる。
「じゃ、俺もそろそろ帰りますかねえ。こういう頭脳戦みたいなのは苦手ですけど、まあ、できることがあったら言ってください」
「さんきゅー、エルプセ」
「どういたしまして」と笑って、エルプセは去っていった。
1人残った豆太郎は、食事の後片付けをしながら「噂かあ」と呟いた。
□■□■□■
その日の夜。
「ねえ、怖いよお」
「ははっ、心配すんなって、俺が守ってやるから」
「やだぁ、かっこいい」
ソーハのダンジョン付近に若いカップルが訪れていた。
身の危険よりいちゃつくことを優先した2人組。ある意味冒険者より肝が据わっているといえよう。ホラー映画なら真っ先に死ぬタイプだが。
ダンジョンの入り口付近でべたべたするカップル。そんな2人の耳に、こつこつと靴の音が聞こえた。
──やし──らん──
「? 今何か聞こえた?」
「いや、なにも」
──やしはいらんか──
気のせいではない。今度は2人の耳にはっきりと届いた。
声はダンジョンの奥から聞こえる。謎の声は洞窟の中を反響しながら、どんどん2人に近づいてきた。
「ひっ……、な、なに!?」
「ままままさか、ダンジョンの主、魔人!?」
真っ青になったカップルの前に。ダンジョンの奥から現れた「それ」は、姿を現した。
白い根をたっぷりと生やした見たこともない植物を抱えた男。
一見普通の成人男性だが――、真夜中のダンジョンからそんな「普通」の男が現れたことが、彼らの恐怖をより一層あおった。
2人を見て男はにいい、と口元をつりあげ、こう言った。
──もやしはいらんか。
「ギャアアアアッッッ!!」
カップルは腹の底から声を上げて逃げ出した。
彼らがいなくなったそのあとには。
「……あれ?」
もやしを抱えて首を傾げた豆太郎が1人取り残されていた。
□■□■□■
「なにをやってるんだ、お前は、なにを」
「あ、ソーハ」
呆れ声にダンジョンの方を振り返ると、いつの間にかソーハが立っていた。
豆太郎はソーハが魔人だともう気づいている。だからどうということもなく、地面に座ってもやしを置いて、少年のソーハに目線を合わせてへらりと笑った。
「もやしの良さを積極的に広めていこうと思ってさ。けど逃げられちまった。こう、夜中に見る屋台みたいいな感じでいけると思ったんがな」
「ヤタイ?」
「ああ、夜の出店みたいなやつ」
ダンジョンから急に出てきたからびっくりさせたか、失敗失敗、あっはっは。と能天気に笑う豆太郎。
それ以外にも色々あるだろ、と心の中でつっこむソーハ。
突如暗がりから現れた、なんかうじゃうじゃした白い根っこを持った謎のおっさん。
怖い。モンスターでも怖いし、人でも怖い。何故なら普通の人は根っこを持って深夜徘徊しないからだ。
絶対に言わないが、ソーハもあの豆太郎を遠くで見かけた瞬間、夜中にトイレに行けなくなるかと思った。
(金貨500枚を手に入れるまで、これが続くのか……)
あのダンジョンは、夜になると謎のおっさんが周囲を徘徊する。
そんなうわさが立つ未来が簡単に想像できた。すごく嫌だ。
ソーハは1つため息をついて、豆太郎になにかを投げてよこした。
豆太郎はそれを両手でキャッチして、まじまじと見つめる。
金属製の薄い板。暗くて色はよく見えないが、チェーンがついていて、シルバーネックレスのようだ。
「オリハルコンだ。
オリハルコン。あらゆる魔法を跳ね返し、あらゆる武器を通さない魔法の鉱石。
いつかはオリハルコン製の鎧が着たいと、冒険者が1度は夢見る貴重な鉱石だ。
ソーハはどうだ、と言わんばかりにふんぞり返る。
「金貨500枚はくだらないだろうな」
「へー、ありがとう。こうやってつけるのか?」
ダンジョンが買えるほどの高級品を渡された豆太郎は、平然と自分の首にそれをつけた。
「くらぁーーっ!」
「えっ、何?」
ソーハは大音量で怒鳴る。
「なに付けてんだ、売り払う時に値打ちが下がるだろ!」
「え、せっかくもらったのに売ったりしねえって」
「…………!」
ソーハが「ぐっ」と言葉に詰まった。
その様子を見て、鈍い豆太郎もようやく気づく。
「ああ、お金の件を心配してくれたんだな。サンキュー」
「ふん! 勘違いするな。ダンジョンに人間が増えたら迷惑だからな!」
「はは、そうか。でも大丈夫だ」
豆太郎は快活に笑って、置いていたもやしを掲げて見せた。
「俺にはこのもやしがあるからな! 金貨500枚なんて、余裕、余裕! まっかせとけい」
根拠のない自信と共に、どーんと胸を叩く三十路のおっさんwithもやし。
そんな頼りにならないおっさんを見て、ソーハはしみじみと不安を覚えたのだった。
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