もやしは種によって特徴があります。

第20話

 ここはソイビンの街。

 街はずれの森の奥、そこに小さなダンジョンがある。


 冒険者たちは見向きもしないそのダンジョンに、最近1人の男が住んでいた。

 彼の名は育田 豆太郎いくた まめたろう

 魔人に召喚された、異世界転移者だ。

 異世界に転移した彼は、魔法を使うこともなく、魔物を倒すこともなく、世界を救うこともなかった。

 ただただ、ダンジョンの奥でもやしを育てていた。

 これはとあるおっさんと、そんな彼を召喚してしまった魔人の少年との、ハートフルもやしコメディである(多分)。



 □■□■□■



 土の勇者ザオボーネと和解し、無事ダンジョンの居住継続を果たした豆太郎。

 しかし問題はまだ残っていた。


「というわけで! ダンジョンの調査権を買ってしまったからには、私たちは『元』を取らなければなりませんっ」


 拳を握り熱く語るのは、レグーミネロという少女だ。年若いが、こう見えて10歳年上の旦那がいる、しっかりものの奥さんだ。

 少女の言葉を2人の男は黙って聞いていた。

 1人は長い髪を1つ結びにした18歳くらいの青年、エルプセ。

 もう1人はどこにでもいそうな三十路のおっさん、異世界転移者の豆太郎だ。

 3人は豆太郎の居住空間、ダンジョンの一角で作戦会議をしていた。


「『元』って……、元金のことだよな」


 つい先日、レグーミネロはこのダンジョンの調査権を買った。

 他の冒険者が無断でこのダンジョンに入り、豆太郎が魔人と間違われて殺されるのを防ぐためだ。

 しかし当然「買った」のだから、お金がレグーミネロのふところ、もとい商人であるメメヤード家から支出されている。


「いくらくらい?」

「金貨500枚です」

「げっほ」


 値段を聞いてエルプセがむせた。

 エルプセの背中をたたいてやりながら、豆太郎はさらに尋ねた。


「えーと、高いの、それ」


 エルプセのリアクションからして、おそらく高いんだろう。


「下級兵士の年収くらいっす」

「ワー」


 日本円で考えると数百万単位はありそうだ。


「これでも、ダンジョンの調査権としては破格の値段ですよ。国も調査しても旨味のないダンジョンは、二束三文で売り飛ばしてますから。珍しい素材の採れるダンジョンであれば、この100倍はしますからね」

「うわあ」


 ダンジョンには調査権があり、その権利は国に帰属する。

 だが調査にもコストがかかる。人件費、物資の準備、その他もろもろ。

 珍しい素材がないダンジョンは、極端にいえば人件費ばかりかさむ、いいとこなしの物件なのだ。

 それでも国は調査権を主張する以上、調査しなければならない。だからあまり利益のないダンジョンは安値で民間に調査権を売り渡すのだ。

 このダンジョンも、そんな底値でたたき売られたダンジョンのひとつ、ということだろう。


「でも、そんな得の無いダンジョン買ったら、怪しまれたりしないのか?」

「あら、意外と需要はあるんですよ。建物や倉庫代わりに使われたり、魔物の研究に使われたり。あとは後ろ暗い人の隠れ家とか、ね」


 なるほど、何でも使いようはあるものだ。


「そういえばこのダンジョン、メメヤード家の調査が入るんじゃないんすか? マメタローさん、大丈夫なんですか?」


 レグーミネロはにっこり笑った。

 化粧っ気はないが、愛嬌あいきょうのある魅力的な笑顔だ。


「ご安心を、これは旦那様にお願いして買ってもらった私の物件。私の許可が無い限り調査隊は入りません。大金持ちの素敵な旦那様でしょう」


 その言葉にエルプセもほっとした。


「じゃあマメタローさん、ここでのんびり暮らせますね。良かったじゃないすか」

「それが、そうは問屋がおろさないんです」


 レグーミネロは眉を寄せて大きく首を振った。


「旦那様はこうお考えになっています。『干渉はしないが、買ってやったからには利益は出せ』と。つまり私達は、このダンジョンで売れる素材なんかを見つけ出して、上納金をあのごうつくばりの銭ゲバ野郎に納めなくてはならないのです」

「さっき素敵な旦那様って言ってませんでした?」

「長所と短所は紙一重ですから」


 さらりと返したレグーミネロ。

 女の子の評価って怖い。エルプセは震えた。1つ結びの長い髪が、背中でしっぽのように揺れる。


「つまりこのダンジョンで、なにか珍しいものを見つけなきゃならないんすね」

「ええ、お金になりそうな素材を」


 ここで豆太郎がすっと手を上げた。

 何か考えがあるらしい。その顔は自信に満ちていた。


 もやしかな、とエルプセは思った。

 もやしでしょうか、とレグーミネロは思った。


 豆太郎は意気揚々と拳を握る。

 金貨500枚を稼ぐため、三十路のおっさんが出した秘策とは。


「もやしを売ろうぜ!」


 やっぱりもやしだった。



 □■□■□■



 さて、ここでこの世界の常識を1つ。

 ダンジョンは魔人が作るものであり、ダンジョンには魔人が住んでいる。

 そしてこのダンジョンをべる魔人、ソーハはたいそうご機嫌ななめだった。


 年の頃は12歳くらい。どこにでもいる少年のようだが、魔人の証である紫の髪と目が、彼が人ではないことを物語っている。


「ソーハ様。いかがいたしました?」


 彼の従者であるレンティルが声をかけた。紫の髪をなびかせた知的な眼鏡の女性だ。

 ソーハは目の前の水晶玉を睨んだ。その中には、作戦会議をする豆太郎達が映っている。


「俺のダンジョンを二束三文だの好き勝手言いやがって」

「まあ、さすがですね、ソーハ様」

「はあ?」


 脈絡のないほめ言葉に、ソーハは素っ頓狂な声を上げる。

 レンティルは細いフレームをくいと持ち上げ、眼鏡の位置を直す。


「本当ならソーハ様がいらっしゃるダンジョンなんて、金貨5万、いえ、10万枚のダンジョンでもおかしくはないのに。それだけの実力を持っていながら、人間達にまったく気取らせないとは。真の強者にしかできない技です」

「ふ、ふん。まあ、そうだな」


 レンティルの見事なヨイショで、ソーハの機嫌はあっという間に上昇した。

 いつまでもそのままでいて欲しい、とレンティルは思う。


 ソーハは魔人だ。

 人間がダンジョンに勝手に値段をつけて売り買いをしているのは知っていた。ダンジョンは魔人のものなのに、ずいぶんと勝手なことだ。

 そのうえダンジョンにかかる金銭問題で、人間同士で困ったり苦しんだりして争うのだから本当に愚かとしか言えない。


 だから、今豆太郎達が悩んでいることだって自分には関係はない。どうなろうが知ったことではない。

 ない、のだが。


「……金貨500枚、ねえ」


 ソーハは水晶玉の作戦会議を眺めながらひとりごちたのだった。

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