第91話
時は遡り、開店前夜。
レグーミネロの提案した作戦を聞いた豆太郎が頷いた。
「なるほどね。男たちとの乱闘をショーに見立てるわけか」
「ええ。お客さまを巻き込まないように結界を張れば安全でしょう。結界は温泉掃除を依頼した魔法士にお願いできます。あとは、敵をかっこよく打ち倒すヒーローが必要です」
レグーミネロはちらり、とエルプセを見やる。
「エルプセさん、お願いできますか?」
「かっこよくできるかは分からないっすけど……、まあ、ごろつきをまとめて倒すくらいならできますよ」
「ふっ、ならば俺も協力してやろう」
ずい、と前に出たのはソーハだった。
「ここ数日は豆太郎の監督しかしていないからな。ちょうど退屈していたところだ」
自信満々に腕を組むソーハに、店主が渋面を作った。
「やめとけ。ケガするぞ」
「そ、そうっすね。ごろつき程度、俺1人で充分っすよ」
店主の言葉にエルプセも同意した。
もっとも、2人の思惑はそれぞれ異なっている。店主はソーハをただの人間の子どもだと勘違いしているので、純粋に危ないと止めている。
だがエルプセは、ダンジョンで魔人ソーハの力を目撃している。「ソーハに任せようもんなら宿ごと消し飛ばされてしまうのでは」という必死の静止だった。
ソーハは面白くなさそうに鼻を鳴らす。
彼自身、魔人であることがバレてはいけないというのは自覚していた。
「分かってる。何も俺が戦うのではない。こいつを貸してやる」
彼の後ろに立つ忠実な戦士、
ソーハに指をさされ、彼はうやうやしく歩み出た。
確かに
「俺は後ろからこいつに指示を出すだけにとどめておいてやる」
「まあ、それなら……」
炎の勇者に
数は少なくともかなりの戦力だ。
レグーミネロはぐっと拳を握る。これなら、いける。
「2人とも、いえ3人とも。ご助力感謝いたします。あとは最後の仕上げですね」
「最後の?」
「仕上げ?」
まだ何かあるのかとエルプセとソーハは首を傾げる。
「先ほど言ったでしょう。この演出には『ヒーロー』がいるんです。一目でどちらがヒーローか、観客に判別してもらわなければなりません」
レグーミネロがぱちりと指を鳴らすと、3人の使用人がさっと並んだ。
「ささ、お二人ともこちらへ」
「なんだなんだ」
「まあまあ」
「え? あの……?」
「まあまあまあ」
彼女たちは素早い動きでエルプセとソーハを別室へ連れて行った。
そして、30分後。
派手に着飾った(させられた)ソーハが現れた。
白を基調とした腰丈までのチュニック。その胸元で趣向を凝らした金の紋章がゆらめいている。
焦茶色のズボンの腰元には、レプリカの剣が刺さっていた。
もっとも格好良くしてもらった当の本人は、耳につけた飾りをうっとうしそうにいじっている。
「ごちゃごちゃして動きにくい……」
「そんなことをおっしゃらずに、ソーハ様」
「とてもかっこいいですよ、ソーハ様」
使用人トリオが口々に賛美するが、ソーハの反応は
これは困った。思っていたよりソーハの反応が悪い。彼のやる気次第で、明日の動きに差が出てくるだろう。なるべくならやる気満々で明日を迎えて欲しいものだが、どうしたものか。
悩むレグーミネロの横で、豆太郎はふむ、と考え込んだ。
そして突然その場にへたり込んで声を上げた。
「うっ、うわあー、びっくりした。その衣装、すごい威厳が出てるぜえ。ダンジョンから魔人がやってきたのかと思ったぜえ」
下手くそな豆太郎の演技に、ソーハがぴくり、と反応した。
レグーミネロははっとした。そうだ、彼は「魔人」の少年なのだ。
ならばかけるべき称賛の言葉は「かっこいい」よりもこちらだ。
レグーミネロがすぐさま行動に移る。豆太郎の横に並んでへたり込んで、大げさにのけぞった。
「きゃー! かっこよ怖すぎて、思わず腰が抜けてしまいました!」
「……この格好、怖いのか?」
ソーハが尋ねると、2人はそろって頷いた。
「怖いぜ、めっちゃ怖い。なあ、レグーミネロ」
「ええ。畏怖の念を感じざるを得ない迫力がありますっ!」
「ふ、ふふ、そうか、畏怖か!」
ソーハはにやけそうになる口元を引き結びながらふんぞり返った。
あの豆太郎達が、自分に恐れを成している!
「まあっ、この格好もよく見ると悪くないな! よし、明日は人間どもに、俺の恐ろしさをたっぷりと叩き込んでやろう!」
「きゃーっ、ソーハくん、怖い! かっこいい!」
「いよっ、さながらダンジョンの魔人!」
ノリにノッた3人を眺めて、店主は「最近の子どもは『かっこいい』より『怖い』が褒め言葉なのか」と間違った認識をしていた。
そして、やんややんや、と盛り上がるソーハ達一行のもとに。
「あああ……、なんで俺がこんな格好を……」
同じく着飾ったエルプセが現れた。
ソーハとおそろいの衣装。チュニックの丈はやや短めにして、足の長さを強調している。 いつも適当に結んでいた一つ結びは、綺麗な三つ編みにされていた。
目元には化粧まで施されており、まるで舞台俳優のようだ。
「うっ、うわあー! なんてかっこいいんだ」
「きゃー! どこの王子かと思いました!」
「あのおスイマセン! その茶番やめてもらっていーっすか!?」
もてはやしてくる2人に、エルプセは顔を真っ赤にして怒鳴ったのだった。
□■□■□■
そんな感じで夜は明け、あとは知っての通り、エルプセとソーハ、
レグーミネロの作戦は大成功だった。エルプセの羞恥心を犠牲にして作られた豪華な衣装は、人々にに彼らが主役のデモンストレーションなのだと思い込ませた。
血沸き肉躍る戦いに観光客は盛り上がり、その様子を見てどんどん客が集まりだす。
「はいはい! 戦いを鑑賞しながら食べるおつまみは最高ですよお!」
「試食会やってます、おひとつどうぞー!」
その横で、豆太郎達がせかせかと動いて商売をしていく。
エルプセ達の派手なアクションが気になって、近くまでやってきた観光客たち。
彼らにすかさず温泉もやしの試食を勧めていく。
観光客は「温泉もやし」という見たことのない食材に興味を抱いた。
「これは一体なんの食材なの?」
「いい質問です! これはもやしと言ってですね~!」
マメタロウのうんちくも、たまには役に立つものだ。
出汁にしっかり浸した温泉もやしを、食べて、人々は感嘆の声を上げた。
「へえ、さっぱりして美味しいわ」
「石の匙亭では、もっとたくさんのもやし料理がありますよ」
「土産話にぜひ立ち寄ってみてください!」
一度は潰されかけた石の匙亭。
それが今人間と魔人、それにもやしの力を借りて、再び立ちあがろうとしていた。
「そもそももやしにはかなり種類がありまして。一般的に栽培されているもやしはこれよりももっと短」
「マメのおじさま。解説はそのへんで」
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