第11話
もやし観察、2日目。
「うんうん、もやしは順調に育ってるんだな。勢いがあっていい絵だな」
イラストを豆太郎に褒められて、ソーハはまんざらでもない様子だった。
「まあな。貴様の文字も、人間にしてはよく書けているぞ」
ソーハは豆太郎に出した「宿題」を添削して返した。
ちなみにこの世界の文字は、棒線と点を組み合わせて作られていた。豆太郎から見ると、マッチ棒の集合体にしか見えない。
豆太郎はソーハの様子を見ながらへらりと笑う。うまくいくか少し心配だったが、観察日記は思いの外好評のようだ。
この調子で食育を進めていこうと決めた豆太郎は、ヤギを指差した。
「どうだ坊主、今日はヤギの乳しぼりでもやってみるか」
ご指名を受けて、ヤギことビッグホーンが若干縮こまった。
一応ヤギにも、召喚した主人を裏切った自覚はあったらしい。ソーハが呆れ顔でヤギを見つめていると、豆太郎は何か勘違いしたらしい。
「ああ。あいつは魔物だけど、温厚だから大丈夫だよ」
豆太郎は観察日記を読みながら話す。
「なんでも、魔物ってのはダンジョンに住む魔人が召喚するんだとさ」
ぎく、とソーハの肩が跳ねた。
「魔人っていうのは、ダンジョンを作って人を呼び寄せるらしい。あのヤギはこのダンジョンの主、魔人が放った生き物なんだ」
(……なんだこいつ。どうして急に魔人の話を始めたんだ)
腹に
豆太郎からすれば、エルプセやレグーミネロから得たばかりの知識をなんとなく喋っているに過ぎない。だが、ソーハはその言葉の裏を無意識に探ってしまう。
そしてハッとした。
(まさかこいつ気づいたのか? 俺が魔人だということに)
ソーハの心臓が大きく跳ねた。
つい2日前にはそれを望んでいたはずなのに、今の自分は、豆太郎に正体がバレることにひどく動揺していた。
それが何故なのか、ソーハには分からなかった。
──ちなみに豆太郎はソーハの正体などこれっぽっちも気づいちゃいないのだが。
(気づいた上であえて遠回しにそれを伝えようとしている? 何故だ。くそ、意図がさっぱり分からん)
意図もくそもないので、分からないのは最もである。
「お、坊主、いいところに気づいたな」
「な、何がだ」
ソーハの心臓がびくりと跳ねる。それに気づかれないよう、平静を装って返答した。
豆太郎が観察日記を掲げ、2つ描かれたもやしの豆の部分を指差す。フルカラーのもやしは、緑の豆と薄茶の豆でそれぞれ色分けされていた。
「これ、違う豆なんだよ。よく観察してるな」
「それだけ色が違えば分かる」
「そうか。それにしても目のつけどころがいいぜ」
豆太郎はうんうんと頷きながらうんちくを語る。
「もやしはな、いろんな豆の種から生えたこの細長いところを食べるんだ。まあもっと細かく言うと、食べているのは胚軸で、芽や根も一緒に食べたりもするんだが……。とにかく、それぞれ元は違う豆でも、みんな栄養のあるもやしになるんだ。おもしろいだろう? 一緒に炒めて食べてもうまいんだぜ」
違う種類の2つの豆。
突然魔人のことを話し出した豆太郎。
そして「一緒に炒めても美味い」という言葉。
ソーハは「はっ」とした。
(──まさか)
ソーハの脳裏で、絡まっていた糸が解けようとしていた。
(まさかこいつ、魔人と人間は共存できると言おうとしているのか!?)
やっぱり解けていなかった。
糸は余計にこんがらがっていた。
もやしのうんちくが大変な誤解を生んだことにも気づかずに、豆太郎は鼻歌まじりに話を続ける。
「明日は一緒に、2種類のもやしの炒め物を作ってみようか」
2種類の豆から作るもやし炒め。
それを作る意味とは。
(──俺にそれを食べさせることで、人間と魔人の共存関係に賛同させようというのか!)
「ふ、ふざけるな!」
ソーハは勢いよく立ち上がった。
2種類の豆もやし──もとい、魔人と人の共存。
そんな、そんなもの、認められるはずもない!
「俺は絶対に認めないからなーっ!」
そう言い捨ててソーハは飛び出していった。
豆太郎は彼のいなくなった後を見つめ、ぽつりと呟く。
「もやし炒めは嫌いだったか……?」
そうではない、豆太郎。
□■□■□■
憤りながら寝床に戻ってきたソーハは、観察日記を放り投げて寝床に飛び込んだ。
「ソーハ様、今日の観察日記は書かないのですか?」
「ええい、そんなもの書くか!」
ソーハは歯軋りした。
寝床をばんばんと叩いて怒りを発散する。
「あの男、ふてぶてしいにも程がある! ダンジョンに勝手に住んでもやしを作るどころか、俺達と対等になるつもりでいるぞ!」
ソーハは怒りに震えていた。
そんなことはあってはならない。
人間ごときと魔人が対等になるなど、決して。
「明日はもう行かないっ。代わりに魔物をけしかけてやる」
いもむしのように毛布にくるまったソーハ。それを見て、レンティルは細い指を顎に当てた。
「まぁ、そうですか。ですが、それだとソーハ様が人に恐れをなして逃げたと思われるかもしれませんね」
「逃げた」という言葉に、ソーハが分かりやすく反応する。
「もちろん私のように、ソーハ様の偉大さを分かっていればそんなこと思うはずもありませんが……。相手は
「う……ぐ……」
レンティルは微笑んで寝床に腰掛ける。丸くなったソーハに観察日記を差し出した。
「ソーハ様ほどの相手なら、奴の土俵に立ったうえで、魔人の偉大さを教えることができますでしょう?」
「……ええい、分かった!」
ソーハは毛布から飛び出し、観察日記をふんだくった。朝に水替えをした瓶の中のもやしを睨みつける。
「観察日記はつける! 奴の元にも行く! その上で、あいつに人間は魔人に
それでいいだろう、と言いかけて、ソーハはぎくりと動きを止めた。
「はい、ソーハ様」
自分を見つめるレンティルの顔が。
とてもとても、優しかったから。
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