第10話
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もやし観察、1日目。
ソーハは観察ノートと小さい包みを持って豆太郎の元を訪れた。
「よお、坊主。また来たな」
「ああ、来てやったぞ」
ソーハは余裕たっぷりに言った。
なにせ今日の自分には、彼を脅かす秘密兵器があるのだから。
ソーハは紐で結んだ小さな包みを渡した。
「手土産も持参しないのはどうかと思ってな。受け取れ」
「ええー。まじめだなあ」
親御さんの教育だろうか。豆太郎は関心しながら紐を解く。
包みの中から現れたのは、まさかの生肉。
ソーハは笑い出しそうになるのを
「魔物の肉だ。高級品だぞ?」
(さあ、怯えて泣き喚け!)
「えーっ、いいのか、悪いなあ!」
「一切の
もう何度目か分からないが、ソーハは衝撃を受けた。
だって魔物の肉だ。魔物の肉なのだ。
普通少しは躊躇うだろう、人として。
だが豆太郎はまだ異世界初心者。異世界の常識などまったく分かっていない。
魔物の肉を見ても、日本におけるジビエみたいなものかな、としか思わなかった。
ちなみにこの世界では、魔物の肉を食べる人間は一部の特殊な愛好家だけである。
「ありがとう、さっそく調理するよ」
「い、いや待て。魔物だ、魔物の肉だぞ」
「大丈夫。うちの国にも似たような文化があったから」
「魔物の肉を食べるのに似た文化が!?」
異世界人、怖っ。
ソーハは
もしかして、自分はとんでもなくヤバい人間を召喚してしまったのではないか?
そんな考えが頭をよぎる。
そんなソーハ苦悩をよそに、豆太郎のクッキングはさくさくと進んでいく。
もらった肉(魔物)を薄切りスライス。そこにいつもの主役、もやしを並べてくるくる包む。
容器に並べて火にかけると、たちまちじゅうじゅうと美味しそうな音と香りが広がった。
レグーミネロからもらったいくつかの調味料。その中でもピリ辛の茶色い調味料に、砂糖をちょっと混ぜる。
それを火にかけた容器の中に入れると、汁が沸騰して食欲をそそる匂いを引き立てる。屋台で思わず香りに誘われて衝動買いする気持ちが分かるというものだ。
あっという間に謎肉のもやし巻きが完成である。
見た目だけならなんとも美味しそうだ。材料さえ気にしなければ。
豆太郎は嬉々としてもやし巻きを2つの皿に取り分ける。
そして遠慮なく自分のもやし巻きにかぶりついた。
「うんめ〜!」
滲み出る肉汁、もやしの食感、香ばしいたれ。3つの織りなすハーモニー。
これは無限に食べれる。ご飯が止まらないやつだ。
豆太郎の様子を見て、ソーハもおずおずと豚肉巻きをかじった。
不安そうに何度か
気に入ったらしいソーハの様子に、豆太郎は満足げに頷いた。古今東西、肉巻き料理は食べ盛りに大好評だ。
たらふく食べてひと心地ついたところで、豆太郎はソーハのノートを手に取った。
「さ、じゃあ観察結果を見せてもらおうかな」
はらりとノートを開いた豆太郎が「あ」と呟いて固まった。
ソーハは肉巻きを噛みながら、そわそわと何度も豆太郎の様子を伺う。
いや、別に、人間ごときの感想などどうでもいいのだが。
「なんだ。ちゃんと絵も描いてやっただろう。なにが不満だ」
ちなみにイラストはフルカラーだ。
レンティルが嬉々として、色鉛筆を調達してきたのである。
「絵も上手なソーハ様の多才さを見せつけてやりましょう」と言われて、ソーハもちょっと奮闘し過ぎたくらいの傑作だ。
しかし豆太郎は、ちょっと気まずそうに目を逸らしつつ答えた。
「いや、そのな……。俺、字が読めないんだよ」
今度はソーハが「あ」と呟く番だった。
そういえば、この人間は異世界からやってきたのだと改めて思い出す。
今まで異世界から召喚した人間も、何を喋っているのかは分かったが、こちらの字は読めないようだった。同様に、ソーハも彼らの世界の文字は読めない。召喚の際、話す方の能力だけ調整するようになっているのかもしれないが、召喚術について深く考えたことがないからよく分からなかった。
それなら観察日記が読めないのは仕方ない。仕方ない、が。
あれだけ昨夜懸命に書いてやったのに、と理不尽に腹が立ってきた。
むすっとしたソーハの顔を見て、豆太郎は慌てて言葉を付け足した。
「あ、あー。だから、えーと、その。そう! 良かったら坊主、俺に字を教えてくれないか!?」
余談だが。
子どもに掃除や勉強をさせたいときは「やりなさい」ではなく「どうやるのか教えて?」と尋ねるのがいいそうだ。
それは魔人の子どもにも効果
「! し、仕方ないな。俺が教えてやろう。まったく、仕方ない人間だな!」
ソーハは顔を明るくすると、少し、いやかなり得意げに、異世界言語の授業を始めた。
そうして時間はあっという間に過ぎ、ソーハの帰る時間になった。
「いいな、明日までにちゃんと復習するんだぞ。宿題、だからな」
「はいはい」
ソーハ先生は念押しすると、鼻歌を歌いながら帰っていった。
もちろん、当初の目的はすっかり忘れ去っていた。
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「ああああああ」
ご機嫌で寝床に帰ったソーハは、我に帰って頭を抱えた。
「おかえりなさいませ、ソーハ様」
「いや待て、レンティル。これはだな、やつを油断させる作戦だ」
「はい」
「明日こそは、俺の恐ろしさをやつに知らしめる、いいな?」
「はい」
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