第13話

 

 ソイビンの街のとある道具屋にて。


「よお、エルプセ」

「あ、ザオボーネさん」


 エルプセは見知った顔に呼び止められた。

 見知ったというか、毎日見ている顔だ。

 鍛え抜かれた巨躯きょく。背中に背負った巨大な大楯。

 一見恐ろしげな風貌だが、笑い皺のある朗らかな顔は、威圧感より頼もしさを感じさせる。

 彼こそはエルプセたちを率いるパーティーのリーダー、土の勇者ザオボーネだ。


「買い物か?」

「はい、湿布が切れたんで」

「はは、この前散々使ったからな」


 豆太郎に出会う数日前、エルプセは自分の炎で仲間に傷を負わせてしまった。

 そのショックでパーティーを飛び出してしまったが、豆太郎と出会い、気持ちを持ち直して、皆に謝りに行ったのだ。

 そんな身勝手な自分を、ザオボーネ達は笑って許してくれた。

 ただしけじめとして「仲間と100本勝負」というスーパーハードな特訓を受けるハメになったが。

 丸坊主の方が良かった。皆から遠慮なく叩きのめされたエルプセは、訓練後にこう語った。


「よし、湿布は俺が奢ってやる。また特訓しような」

「しませんしません! 絶対しませんから!」


 ザオボーネは湿布を手に取り、商品のメーカーを見てふと思い出した。


「そういえば、知ってるか。メメヤード家の大旦那、10も年下の娘と結婚したそうだ」

「マジすか、歳の差大恋愛っすね」

「はっはっは! 感想が爽やかだなあ、若人わこうど!」


 こんな年齢差、政略結婚に決まっている。だがそんな発想のない返事に、ザオボーネは明朗に笑い、エルプセの肩を叩いた。その力強さにエルプセはちょっとむせた。


「時にエルプセ。お前、最近町外れのダンジョンに行ってるのか」

「あー」


 そこは、豆太郎が居座っているダンジョンだ。

 行くたびに飛び出してくるバリエーション豊かなもやし料理を思い出し、笑いそうになるのをこらえた。


「まあ、はい。魔物もほとんどいねえし。考えごとするのにちょうどいいんすよね」

「そうか。何か変わったことはないか?」


 エルプセはちょっと迷った。

 ザオボーネは信頼できる上司だが、民の安全を人一倍気にかけている。

 もしダンジョンに住み着いた市民がいると知ったら、引きずり出しそうだ。


「特に思い当たらないっす。なんか気になることでも?」

「ああ、少し奇妙な噂を耳にしてな」


 ザオボーネは雑貨をいくつかカゴに放り込んで、湿布と一緒にカウンターに出した。


「1ヶ月くらい前の話なんだが、あのダンジョンに入った人間が、ビッグホーンを見たらしいんだ」

「……ヘェー」


 ビッグホーン。

 豆太郎と生活を共にしている燃えさかるヤギである。

 ここ最近、豆太郎に乳しぼりされているシーンしか見ていなかったので忘れていたが、そういえばあれは魔物だった。


「最初は与太話かとも思ったが、他にも目撃証言があってな。お前も知っているだろう。魔人の力の大きさによって、召喚できる魔物の位は変わる。ビッグホーンを飼い慣らすということは、あそこの魔人はかなり凶悪だぞ」

「……ヘェー」


 エルプセはなんとも言えない気持ちになった。今、ビッグホーンは魔人どころか三十路のおっさんに飼い慣らされている。


「まあ、お前も油断するなよ。俺も近いうちに巡回しようとは思ってる」

「うす」


 買い出しを終えた2人は、同じ帰り道を歩き出した。

 エルプセは前を歩く大きな盾を背負った背中を見ながら考える。


(ザオボーネさんに見つかったら、マメタローさんも流石に保護されちまうだろうなあ。あんな暗いところで魔物と生活してるのが見られたら……)


 見られたら。


(……魔人と間違われて討伐されるんじゃね?)


 恐ろしいことに気づいてしまった。

 エルプセ、心の中で絶叫。


(そーだよ! 俺も慣れちゃってたけど、どう見てもあれ、ダンジョンの主、魔人の居住空間じゃねえっすか! ま、マメタローさーん!)


 エルプセの頭の中の豆太郎は「知ってるか、エルプセ。もやしは酒のつまみにしても美味いんだぜ」とものすごくどうでもいい豆知識を披露ひろうしていた。



 □■□■□■


 メメヤード家にて。


「えっ、あそこのダンジョン、ついに調査が入るんですか?」


 レグーミネロは自分の旦那の言ったことをオウム返しした。

 やり手の商人として名高い男、ベンネル・メメヤードが頷いた。


「厳密に言えば調査ではない。土の勇者が独自で調べに入るそうだ。金にもならないのに、正義の味方は大変なことだな」


 ダンジョンには様々な取り決めがある。

 国が調査をする場合、調査時期が到来してから兵士達を派遣する。だが、調査権を買い取った者がいれば、その人間が好きな時期に人を派遣して調査を行うことができる。

 ソーハの住むダンジョンは、国の所有のまま、まだまだ未定の調査時期が到来するまで放置されたダンジョンである。

 だから、今あのダンジョンをいくら調べても、国から褒賞ほうしょうがでることはない。

 国が所有する放置ダンジョンの治安維持。これはベンネルが毛嫌いする「慈善活動」以外のなにものでもないのである。


「お前、ちょくちょくあそこに出入りしているだろ。しばらくは控えるんだな。土の勇者と鉢合わせになったらめんどうだ」

「あら、ばれてましたか」

「あれだけ服の裾を泥まみれにして帰ってきて、なぜバレないと思っているんだ」


 レグーミネロはちょっと驚いた。

「政略結婚だ」と言い切るこの旦那は、自分の動向などさっぱり興味がないと思っていたからだ。


「はあ……、適当に外で火遊びしろとは言ったが、泥遊びしろとは言っていない」

「おほほ、健全でいいでしょう?」


 皮肉に笑顔でさらりと返す。

 結婚して半月ほど。ベンネルとの関係は意外と良好だった。

 いや、恋愛的な意味で言うのなら、まったく相手の視界に入っていないようだが。

 けれど彼は「女だから」という理由で、彼女が商売の世界に足を突っ込むのを否定しない。

 おかげでレグーミネロはこの家で、思う存分商人としての知識を吸収している。

 もちろん周囲の風当たりはそれなりに強いが、知ったことではない。

 そう思えるようになったのは、もやしと豆苗炒めをご馳走してもらったおかげだ。

 レグーミネロはダンジョンに住み着いている、変わった男を思い出す。

 時々ダンジョンに遊びに行っては、メメヤード家の商品を試して感想をもらったりしている。他にも彼の持っている珍しい服を借りて、研究したりもしている。

 彼女にとって、豆太郎は初めての「お客さま」でもあった。


(マメのおじさま、大丈夫かしら。住んでいるのが見つかったら追い出されちゃいそう)


 そうすれば、飼っているヤギの魔物も処分されるだろう。

 そこでレグーミネロ、ふと気づく。


(そもそも、あんなところで魔物を飼ってたって土の勇者さまに知られたら、まずいんじゃないかしら?)


 魔物を飼い慣らし、得体の知れない植物を育てるダンジョンの住人。

 自分もすっかり馴染んでいたが、字面じづらで見るとだいぶ不審人物だ。

 見つかったら牢屋送りにされるのでは。

 レグーミネロは焦り、そして夫に声をかけた。


「ね、ねえ旦那さま? 私、ちょっとお願いがあるのですが」


 初めて聞く妻の猫なで声に、ベンネルは思い切り眉をひそめたのだった。

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