第58話

 ソーハは今大変難しい問題に取り組んでいた。

 ずばり、「あるもの」をレンティルに見つからないようにすることだ。


 服の中にそれを隠して、そーっと忍び足で天幕に向かう。

 そーっと、そーっと。


「ソーハ様」


 ミッションは失敗した。ソーハは思いきり飛び上がった。


「れれれレンティル」

「何を隠しておいでですか?」


 観念したソーハはおずおずと振り返った。

 ソーハのおなか部分が、ボールを入れたかのように膨らんでいる。

 とてもじゃないが隠せていない。


 はソーハの服の襟元を思いきり伸ばして顔をだした。

 レンティルは目を丸くした。

 ソーハの服から出てきたのは、ミニサイズの黒龍だ。


「……それは、あの水の魔物ですか?」


 ソーハは観念して服の中から龍を取り出す。

 龍は短い手足をぱたぱたさせて、ソーハの首元に乗った。一応背中に翼は生えているが、あんまり機能していない。


 あの時エルプセの炎によって、リンゼとのつながりを断ち切られた魔物。

 本来ならあのままソーハの光によって消し飛ぶはずだった。

 それをソーハが助け、保護していたのだ。

 普通従うべき魔人に逆らった魔物など、一瞬で消し炭である。相手がダンジョンの主ならなおさらだ。

 けれど、ソーハはそうしなかった。


「水の勇者の話を聞いた。こいつは閉じ込められた人間の体から自由になろうとしていただけみたいだった。……だ、だから、簡単に殺すのはよくないと思った」


 自分の周りをうろちょろする水龍の2本の手を引っ張ると、龍はぶらんと体を伸ばしてソーハにつかまって揺れた。

 実際、保護すると龍は大人しくソーハに着いてきた。この龍はただ、人というおりに閉じ込められて、混乱して暴れていたのだろう。何年もの間、ずっと。


「レンティル。俺は、ちゃんと理由を考える魔人になりたい」


 だからソーハは、迷いながら懸命にレンティルに伝えた。


「俺たちにも、魔物にも、……人間にも。行動するのに色んな理由があるって分かった」


 家族を守りたいとか、仲間を傷つけたくないとか、もやしが好きだとか。

 訳の分からない行動にも、1人1人に想いがあって、理由があるのだ。


「俺はそれが知りたい。人間だからとか、魔人だからとかじゃなくて……、ちゃんと向き合って、考えたいんだ」


 それが、豆太郎という人間と出会って、ソーハが出した答えだった。

 レンティルは良いも悪いも言わない。

ただ、目元をなごませて微笑んだ。


「では、ソーハ様のお望みが叶うよう、私も全力を尽くしますね」

「ふ、不満はないのか。俺のダンジョンであんなに暴れた魔物に、なんの制裁も与えずに助けたんだぞ」

「あら。それを言ったら人間を襲いに行って、飼われている魔物がすでにいますけど」

「……それもそうだった」


 日常的になりすぎてすっかり忘れていた。あの鶏とヤギ、魔物だった。

 本当に今更だったと、ソーハは笑ってしまう。

 事情をよく分かっていない水龍は、短い首をひねってきゅう、と鳴いた。

 笑っていたソーハは、ふっと真顔に戻った。


(マメタローにも言わないとな)


 彼はどう思うだろうか。

 水の勇者を傷つけた魔物だ。同じ人間としては嫌かもしれない。

 ソーハは少し不安そうに、龍のお腹を抱いた。



 □■□■□■



「へー、ドラゴンかあ。いよいよファンタジーじみてきたなあ。こいつ、もやし食べるかな」


 心配して損した。

 ソーハはうんざりした。自分に腹も立った。

 いい加減何回こういうくだりをやっただろう、学習しろ、自分。


「お前、なんとも思わないのか。こいつは水の勇者を苦しめた元凶だぞ」

「ああ、分かってるよ」


 炒めたもやしを皿に持って塩を振る豆太郎。

 この男、どさくさで龍にもやしの味を覚えさせようとしている。


「分かってない、馬鹿。いいか? こいつは、勇者たちにとっては憎い敵だ。生きていると分かったら殺しにくるかもしれない。こいつを庇ったら、あいつらと敵対するかもしれないんだぞ」

「分かってるよ」


 ちゃんと分かってる、と豆太郎は続けた。

 いつになく真剣な声に、思わずソーハは押し黙った。

 豆太郎はふっと笑って龍を持ち上げた。


「それでも、ソーハは人間の意見も聞いて、魔物も見て、全部助けたいって思ったんだろ? なら、俺もそうする。お前がこいつを助けるなら、俺も助けるよ。このダンジョンの住人としてな」


 そうして、いつもの緊張感のない顔に戻ってへらりと笑う。


「まー、お前もそんなに心配しなくていいと思うぞ。人間ってのは、お前が思ってるより融通ゆうづうが利くもんなの。善悪にいい加減、とも言う」

「…………」


 龍が豆太郎の手から逃げ出して、ソーハの元に戻ってきた。ソーハは龍を抱っこしてそっぽを向いた。

 龍も真似をして、首をぐりんと右に傾ける。


「ふん。後悔しても知らんぞ。勇者どもと縁を切られて、ダンジョンから出られなくなって、もとの世界に帰りたいと泣きわめいても、俺は知らんからな」

「ははっ。大丈夫、大丈夫」


 豆太郎は自信満々に笑う。

 その無限大に湧いてくる自信は、どこから生まれてきているのか。

 いや、決まっている。それは豆太郎のすぐ横にあって、さっき龍がかじっていた。不本意にも、最近ソーハの食生活にまで侵食している「あれ」だ。


「もやしを食べれば、たいていのことはうまくいくんだぜ」


 俺を見てれば分かるだろ? と言わんばかりのその顔を見て、ソーハはうなる。


 ああ、まったくもって気に食わない。


 この男ともやしが組み合わされば、本当になんでもできてしまいそうなところが、すごくしゃくだ。


 かくて、魔人ソーハと、豆太郎のダンジョン生活は続く。

 美味しいもやし料理と一緒に、どこまでも。





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もやしを食べれば美味くいく

完結です!!

お付き合いいただいた皆さま、本当にありがとうございます。

毎日の応援コメントやレビュー、本当に励まされました。

また、近いうち番外編もあげようと思います。良かったら見てください。


今後の参考にしたいので、良ければ評価や感想等等いただけると嬉しいです。

「ラブコメが足りない」「いや足りないのはもやしだ」「いやオッさんだ」などなど、さまざまな感想お待ちしてます。

それでは、よいもやしライフを!


□■□■□■□■□■□■



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