第57話

 ソイビンの街、とある孤児院にて。


「エルプセにいちゃん、何作ってるの」

「これはなー、ピザ窯。うまいのができるんだぞ」

「もやし?」

「もやしだね」

(マメタローさんの洗脳がすっかり進んでんな……)


 エルプセは耐火レンガでDIYの真っ最中だった。

 作っているのはもちろん、最近ちまたで話題のピザ窯だ。

 道具一式は、メメヤード家から孤児院への寄付である。


「もやしはね、美味しいだけじゃないんだよ。私を救ってくれたんだ」

「ほんと? リンゼ」

「そう、もやしは人を救う魔法の植物なんだ」

「すごーい」

「おーいリンゼ、子どもに変な宗教を広めんなー」


 エルプセは設計図のとおりに耐火レンガを並べながら、隣のリンゼを止める。

 リンゼは勇者の位を喪失した。

 もちろん国に本当のことは知られるわけにはいかない。言えば彼女は、勇者の偽証ぎしょう罪で裁かれる。

 ザオボーネたちは、皆で嘘をつくことに決めた。リンゼは強力な魔物を倒して、勇者の力を失ったと国に申告したのだ。バレた時にどうなるか、すべて覚悟した上で。

 今のところは問題なく、リンゼはただの冒険者に戻って、ザオボーネたちと一緒にいる。


 そしてそのリンゼは今、なぜか子どもたちを集めて「もやしほんとにすごい」論を説いている。

 リンゼは曇りなきまなこでエルプセを見つめて首を傾げた。


「でも、マメタローさんが喜ぶかなって」


 まあ、喜ぶか喜ばないかで言えば、喜ぶだろう。あのもやし魔人は。

 リンゼはぎゅっと拳を握り、めらめらと瞳に炎を燃やす。


「私、今回の件でたくさんの人にご恩返しをしないといけないから。まずは、マメタローさんのために『もやし教』を作って広めるって決めたんだ」


 リンゼは少しだけ口元をゆるませた。

 他の人には分からないそれが、リンゼのめいいっぱいの笑顔だと、エルプセはよく知っている。


「もちろん、エルプセも。私にしてほしいことがあったら、なんでも言って」


 微笑む彼女の肩口で、少し伸びてきた水色の髪の毛が揺れる。

 エルプセはそれを見てふっと微笑み返して伝える。

 今の自分の心からの望みを。


棄教ききょうしてくれ」


 悩み多き炎の勇者、エルプセ。

 神の炎を操れるようになっても、彼の悩みはまだまだまだ尽きそうにない。



 □■□■□■


 孤児院の裏の森にて。

 ザオボーネは薪用の木を取りに行っていた。

 周囲に人がいないのを見計らって、ファシェンがザオボーネに声をかけた。


「リンゼの件、大丈夫だったのか」

「ああ。今のところは、疑われちゃいない。ベンネルが1枚噛んでくれて助かったよ。あの強欲男に借りを作るのはめんどうだが、今回は仕方ない」


 国への申告の際、ベンネルにも証人になってもらったのだ。

 勘のいい彼は、ザオボーネたちの言うことを疑っていたようだが、意外とすんなり証人になってくれた。

 真実を暴くより、借りを作った方がリターンが大きいと判断したのだろう。


「ま、何かあったときは、この身で守るまでさ」

「……ああ、そうだな」


 ファシェンは頷き、少し沈黙した後、また口を開いた。


「なあ、ザオボーネ」

「んー?」

「あのダンジョンの魔人、どうする?」


 リンゼを救ったあの日。

 耐火レンガでダンジョンの金銭問題を解決する方向に話が白熱し、魔人のことはうやむやになった。

 だが、ファシェンはもう知ってしまった。

 あのダンジョンには、ファシェンの予想をはるかに超える大物がひそんでいることを。


「お前はどうしたい、ファシェン?」

「私は……」


 逆に問い返されて、ファシェンは困ったように眉をひそめた。

 あの小さな魔人と、友好関係を築いている男を知っているからだ。

 あの魔人に危害を加えようとすれば彼がどう動くかも、簡単に想像がつく。

 だからファシェンは、少しためらいながらも、自分の意見を口にした。


「あの魔人は、ものすごく強い。だが今はもやしが好きで、人間を傷つけるつもりもないようだ。リンゼのことも助けてくれた。だから……、その、もう少し様子を見てもいいかもしれない」

「そうだな、同感だ」


 それは意見というよりは、彼女の願望に近い言葉だった。

 だがザオボーネはそれに賛同する。彼もまた、同じ気持ちなのだ。

 紐で結わえた丸太を引っ張り、よっこいせと持ち上げて、ザオボーネは歩き出した。


「もしかしたら今後、何か思いもよらないことが起きるかもしれない。国が魔人を見つけて殺そうとするかもしれない。あいつの仲間の魔人がやってきて、誰かを傷つけようとするかもしれない。その度に立ち止まって、悩み尽くして、解決策を探そうぜ」


 ザオボーネは頼もしい笑顔で笑う。

 それはまさしく、パーティーのリーダーとして、皆を支えてきた男の顔だ。


「それをずっとずっと続けられれば、どこかのダンジョンで、魔人と人間が、ずっともやしを育てながらおもしろおかしく暮らしていました、なんて変てこな話ができるかもしれないからな」


 ファシェンはぱちくりと瞬きをした。それを想像したのか、くすりと笑う。


「……ああ、そうだな!」

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